ラベル 学校の対応 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 学校の対応 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年8月10日月曜日

修学旅行を中止

 8月8日(土)の産経新聞デジタルからの情報です。

「高崎市、今年度の修学旅行すべて中止 8/8(土) 7:55配信 産経新聞

新型コロナウイルスの全国的な感染拡大傾向を受け高崎市は、市内の小・中・特別支援学校が今年度、予定していた修学旅行をすべて中止すると決定、飯野真幸教育長名で各校長に通知した。小学校58校で9月末~11月、中学校は8月末~10月に実施を計画。中学校では春季実施をコロナ禍により延期していた。富岡賢治市長は「修学旅行は学校生活最大の思い出になる行事。子供たちにはかわいそうだが、命と病気の危険には代えられない」とコメントした。中止に伴うキャンセル料は市が全額負担する。市教委は「今後、修学旅行に代わる思い出になる行事などを各校で企画するのではないか」としている。」

まさに英断ですね。そう思います。すべては市長のコメントにあるとおりだと思います。まさしく「命と病気の危険には代えられない」と思います。

聞くところによると、(この期に及んで)多くの学校で、修学旅行の実施を予定していたり、結論を持ち越しているそうです。第二波が来ている今、これからさらなる感染拡大が予想されている今、「子どもがかわいそうだから」「一番楽しみにしている行事だから」「子どもにはかかりにくいから」「子どもは重症化しないから」「先生が引率していくから」「三密と手洗い・うがいの徹底をするから」大丈夫だろうという確かな根拠のない大人の論理で、子どもをコロナ感染のまっただ中へ送り込んでいくのはいかがなものかと、そう思うのは私だけでしょうか。

先日も書きましたが、新型コロナウイルスについては、まだ明らかになっていないことの方が多いのですね。肺炎、川崎病症状、心筋炎など後遺症のことも大いに心配だと思っています。もう一度客観的に精査してみてはいかがでしょう。「修学旅行が本当に子どもが一番楽しみにしていることなのでしょうか」「修学旅行の日程の中で引率教師がついていれば、感染の危険の度合いは本当に低いのでしょうか」

高崎市の富岡市長のコメントの中には、真に子どもを思う愛情が込められていると思いますね。まさに英断だと思います。


2020年8月4日火曜日

結局、何も分からない?!

新型コロナウイルスの感染者数が増え続けています。
そんな中で、「かからないようにするために三密の徹底をしよう」と言う人もいれば、「無症状者や軽症者が多いだけだから大丈夫そうだ」と言う人もいます。「感染症のレベルを下げて、インフルエンザのような対応にすればいい」と言う人も出てきましたね。

でも、これからどうなるのかについては、誰も答えを言えないんですね。だって人類にとって初めてのウイルスだからです。だから考え得るベターな対応をとれるよう、国も地方自治体も、私たち国民一人一人も、学校も、そのベターな対応を模索しながら取り組んでいくことが大切なのだと思うんですね。

後遺症についても怖いですね。どんな後遺症が出てくるのか、今のところ誰にも分かりません。分からないからこそ、特に子どもたちについては慎重に対応させていくことが大切だと思っています。なぜならば(大げさかもしれませんが)子どもたちは将来の国を支え、未来の世界を作ってくれる存在だからです。

経済を回していくのに反対はしません。大人には今日を乗り越えなければ明日はないのも分かります。ただ、その中に子どもを巻き込んでほしくはないと思うのです。子どもを大人の犠牲にだけはしてはいけないですね。せめてこの新型コロナウイルスの全体像が明らかにされるまで、大人の都合だけで安易な妥協だけは避けてほしいと願っています。
特に子どもをまかせられている学校・幼稚園・保育所では、「そこまでしなくても」と言われるくらいの安全・安心な取り組みを進めてほしいと願っています。

2020年4月9日木曜日

緊急事態宣言、ではどうするか?

やっと、いよいよ、ついに、7都府県に緊急事態宣言が出されました。とりあえず、よかったと思います。
期間は1ヶ月、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・大阪府・兵庫県・福岡県の7都県です。

では、そのほかの道府県はどうするのでしょうか。
ここが肝だと思うのですね。

「よかった」「まだ大丈夫だ」と思うのか、それとも、「準備、態勢の最終チェック」を行えるのか、あるいは「方針を修正を行う」のか。
今こそ、リーダーの力、組織の力が問われるときだと思います。(これまで日本の宝であると言ってきた)大切な子どもたちを守る、守ってあげるための判断が求められていると思うんですね。

2020年4月5日日曜日

さすが、森田知事!

千葉県は、一度は予定どおり6日の学校再開(県立学校)を発表しましたが、今日になって4月いっぱいの休校を再発表しましたね。新型コロナウイルスのあた
らしい感染者が増えているという理由だったと思います。
森田知事は、苦しい表情で会見をしていたように見えましたが、爺は「さすが、森田知事!」とエールを送りたいと思います。「危ない!」と思ったらすぐに修正する、修正できることもリーダーの資質だと思いますね。

東京の世田谷区も区立の学校再開を5月1日まで延長したようですね。区民から「密閉した教室で、密集して、密接にかかわる学校はリスクが高い」との声が多かったそうです。

この区民の皆さんからの声って、どこの学校においても当てはまると思うんですね。それをそう思えないように、あの手この手の方策を表に出して言い訳しながら、(その方が保護者も学校も都合が良いのかもしれないですが)学校を再開させようとしている、そんなふうにしか見えないのは、爺の目がいよいよぼけてきてしまったからなのでしょうか。

世田谷区民の声を、もう一度全国の大人が考えてあげるべきだと思うんですね。
皆さん、「密閉した教室で、密集して、密接にかかわる学校はリスクが高い」と、そう思いませんか?

2020年4月2日木曜日

学校再開「地域で柔軟な対応を」?

爺は、学校再開については延期派です。
理由は、ここまで延期して我慢し合ってきたのだから、不安を感じるうちは再開を延期して子どもの安全を第一に考えてあげるべきだと考えるからです。

萩生田光一文部科学相は3月31日の閣議後記者会見で、「現時点で全国一律の要請を再び行う考えはないこと。東京都などで感染者が急増しているが、学校再開の時期について、地域で柔軟な対応をしてほしい」と述べました。
そして安倍首相は「その時々の状況に合わせて考えなければいけない。子供たちの健康、命を預かっており慎重な対応が、特に再開については必要だろう」と述べました。
昨日は、専門家委員会から提言がありました。
学校再開については、「現在の知見では、子どもは地域において、感染を拡大する役割をほとんど担っていないというエビデンスというか情報を得ている。従って、学校については地域や生活圏ごとの、県という大きなくくりではなくて、地域や生活圏ごとの蔓延の状況を踏まえて、判断していくことが重要だと思います。もちろん子供に関する新たな知見、エビデンスが出ていけば、適宜、修整していきたいと思う」と述べた。
感染拡大警戒地域:直近一週間の新規感染者やリンクなしの感染者数がその一週間前と比較して、大幅な増加が認められる。しかし、オーバーシュートには至っていない地域。直近一週間の帰国者・接触者外来の受診者の数についても、一週間前と比較して一定以上の増加傾向が確認される地域。
そして、「感染拡大警戒地域においては、地域内の学校の一斉臨時休校も選択肢として検討しても良いのではないかと我々は考えている」と指摘した。

結局は、「感染拡大地域以外は、一斉臨時休校の必要がない」「地域の(新型コロナウイルスの状況)実態によって柔軟な対応をとってほしい」ということなんだと思いますが、そうなんです、柔軟な対応はもちろん大切ですが、それ以上に慎重な対応が求められているのだと思います。それは私たちは子どもの健康、命を預けているのだからです。

今日、お昼のテレビ番組の中で、中国の研究グループが発表した資料が紹介されました。
「子どもが重症化する割合」(1月上旬〜2月上旬までに中国国内2143人を分析)

  • 1歳未満・・・・・10.6%
  • 1歳〜5歳・・・・  7.3%
  • 6歳〜10歳・・・・ 4.2%
  • 11歳〜15歳・・・・4.1%
  • 16歳〜18歳・・・・  3%

感染した18歳未満の2143人の分析結果だと思いますが、子どもは感染しても症状が軽いというこれまでの情報はこのままでよいのか不安になりますね。

早々と学校再開について、早速判断された自治体も出てきましたね。英断だと思います。

<速報>GW明けまでの休校延長要請 熊本市長
4/2(木) 12:23配信熊本日日新聞
 熊本市の大西一史市長は2日午前の定例会見で、新型コロナウイルスの感染が同市で続発している現状を受け、現在休校中の市立小中高校などについて、「5月のゴールデンウイーク明けまで休校を延長するよう、遠藤洋路市教育長に要請した」と述べた。3日開催の市教育委員会で決定する。(YAHOO!JAPANニュース)

福岡市教育委員会は新型コロナウイルスの急速な感染拡大を受け、市立の小中学校などの一斉休校を今月17日まで延長すると発表しました。
入学式や始業式も延期されます。
福岡市教育委員会は、2日臨時会議を開き、来週の市立の小中学校と高校、特別支援学校について今月17日まで一斉休校を延長することを決めました。
来週以降、予定されている入学式や始業式も延期されます。
福岡市では先月25日以降、感染者が急増していて、児童や生徒、職員らが長時間、同じ場所に集まるリスクを避けるためだとしています。
学校再開は今月20日を予定していますが市教委は「状況をみて判断する」としています。
最終更新:4/2(木) 12:11
RKB毎日放送(YAHOO!JAPANニュース)

群馬県は、県立学校の再開は5月GW開けを目途(入学式だけは予定どおり実施)。大阪府立学校は、5月6日まで休校延長。都立学校は、5月6日まで休校延長。

都道府県の判断を受けて、市町村はどう判断していくのか、その根拠も含めてのていねいな説明が求められていると思います。

2020年3月30日月曜日

学校の再開について(私見)

新学期から学校再開だそうです。
うーん、大丈夫かな?早すぎないかな?というのが正直な気持ちです。こう思うのは爺だけでしょうか。

子どもへの感染は本当に無い(少ない)のでしょうか。
軽症ゆえに症状が出にくく、検査までたどり着けない理由で子どもの感染者数が少ないのではないでしょうか。
重症化は無い(少ない)のでしょうか。
もしも感染したとして後遺症はないのでしょうか。
大人→子どもへの感染が報告されていますが、子ども→大人への感染は無い(少ない)のでしょうか。
文科省から示された方法を実践すれば、本当に感染を防げるのでしょうか。
これらの不安を払拭してくれる、それこそエビデンスがほしいと思うのですね。それを示してくれたら安心して学校を再開できると思うのですが。

不安は考え始めたらきりがないですね。でも、子どもは日本の将来を担ってくれる国の大切な宝物だと思うんですね。「新学年だから再開させたい」「保護者が疲れてきている」「保護者からの要望が多い」「日本の経済が疲弊しきってしまう」などの理由(背景)で再開させるとしたら、それは未来に憂いを残すことになりはしないかと、そう思うのですね。テレビを見ていると、たまに「インフルエンザと同じだからそんなに心配することはない」と言う専門家も見かけますが、爺はそうは思いません。このウイルスは感染者が一気に増え、一気に悪化して、医療崩壊を招く危険性があるのです。日本は、水際対策を破られてしまっているのです。もしも他の国と同じような状況を予測すると、同じ道をたどることになってしまうのではないかという危険性があると思うのですね。(もちろん日本だけが特殊な状況であるならば、それでよいのですがいかがでしょう)

もちろん学校は、いつでも再開できるようにその準備を進めておくのは当然のこととして、学校の再開についてはあわてることはないとないと思うのです。その理由は、「子どもの健康と安全を守るため」です。それは「日本の未来を守ること」につながります。そして万が一にも、学校で感染が広がり、子どもの健康が損なわれ、クラスターとなって家庭内感染、地域感染、国内まん延につながってしまったとしたら、それこそ未来に悔いを残すことになりかねないと思うのですね。

学校という場所はまさに社会の縮図なんです。地域が収縮された場所だとも言えると思うのですね。その地域の人口が少なかったとしても、学校はその地域の人口密集地、いわゆる都会なのですね。人口が多い地域だとしたら、学校は大きな大きなイベント会場といえるかもしません。

現実問題として、国内の感染者、死亡者は確実に増えてきています。学校がその縮図にならないように、慎重な検討を進めるべきだと思っています。学校の再開が遅れたとしても、新年度の始まりが中途半端になってしまったとしても、長いスパンで見れば、それは小さな出来事であったと振り返ることができる未来を信じたいと思っています。

2020年3月24日火曜日

学校再開に向けたガイドライン

萩生田文科大臣は、「学校再開に向けて感染症対策に十分な警戒を行うべく、学校が取り組むべき事項や留意事項を具体的に示したガイドラインを作成しました」と指針を公表しました。
そして、次の「3条件」が同時に重なる場面を避ける対策が不可欠であること
1.密閉
2.密集
3.近距離での会話など


そのために
・換気の徹底
・マスクの着用
・毎朝の検温などが必要なこと
などについて説明しました。
また、入学式や部活動などでも3条件が重ならないような実施方法の工夫を求めました。

これを読んで、「この3条件と具体的取り組みをすれば、授業も学校生活も部活動も再開だね」と、そう思ってしまったとしたら、ちょっと危険すぎないかと思うんですね。
一気に再開するのではなくて、一つ一つチェックしながら、段階的に再開していく計画もあってしかるべきだと思います。たとえば、再開第一期(1週間程度)では半日再開、第二期(1週間程度)では通常授業のみ、第三期(1週間程度)では部活動や行事等の実施などの計画です。その期ごとで課題が見つけ、解決を図りながら、慎重に通常の学校生活に戻していくことが大切だと思います。
その過程で、学校ホームページやメール、学校便りなどで感染症(新型コロナウィルスだけでなくインフルエンザ等も含めて)のデータや取り組み、課題を積極的に保護者に知らせ、保護者の啓発(理解と協力)を進めていくことが大切だと思います。

萩生田文科大臣は、次のようにも述べていました。
一斉臨時休校をはじめた時よりも状況は改善しているわけではなく、むしろ感染者が増えている地域もある中でなぜ学校を再開するのかというと、国民の皆さまの感染拡大防止に関する意識が高まっているという認識があるからであります」
(これ、ほんとうでしょうか。むしろ、「保護者の皆さまからは、早く学校を再開してほしい、子どもを家庭から学校に戻してほしい、という大人の要望が聞こえて参ります。でもそのためには国民の皆さま、保護者の皆さま一人一人の感染防止に関する意識をしっかり高めていただくことが必要です。それを前提に再開するのです」と訴えているように思うのです)
そして、「引き続き一人一人の行動変容、強い行動の自粛の呼びかけが必要な厳しい状況に変わりはありません」と述べました。(一番の重みを感じる言葉でした)

一方、WHOのテドロス事務局長は、「パンデミックが加速している」と発表しました。その根拠については感染者の増加をあげました。

  • 0   →10万人 67日間
  • 10万人→20万人 11日間
  • 20万人→30万人   4日間

そして、「ウィルスに勝つためには、積極的にそして戦略的に攻撃する必要がある」

  1. 疑わしきは全て検査する
  2. 感染が確認された人全員を隔離する
  3. 全ての濃厚接触者を突き止め隔離する必要がある
と述べました。


小池東京都知事は、「この3週間、先ほど申し上げましたように、オーバーシュートが発生するか否かの大変重要な分かれ道である」と述べました。

そして、「自体の今後の推移によりましては、都市の封鎖、いわゆるロックダウンなど強力な措置をとらざるを得ない状況が出てくる可能性があります」と続け、若年層に対して特に、「発見が困難な若年層のクラスターが発生する恐れがあるということでございます。無自覚のうちにウイルスを拡散させてしまう、このことが懸念されるわけであります」と訴えました。(これは東京都だけの問題ではないと思っています)

学校の再開については、慎重に、段階的に、そして(前回も書きましたが)再休校の基準をあらかじめアナウンスするなどして、いくつかのシナリオを想定して準備を進めてほしいと願っています。

2020年3月18日水曜日

新型コロナウイルス対策:学校のできること

小学校・中学校・高等学校・特別支援学校の休校(要請)から2週間が経過しましたね。(自治体によっては)学校再開のニュースも聞こえるようになってきたようですが。

先日、食料等の買い出しの用でショッピングセンターに行ってきたんですね。(もちろんマスク着用です。)
するとやはりというか、小学生は家族連れで、中学生は家族連れと友達同士で、高校生(たぶん)は友達同士で、来ていましたね。
学校が再開してからだいじょうぶかな?と不安になったりもしましたけれど。前回は「生きる力」がなどと書きましたが、これもまた現実なんですね。
小中学生の宿題(課題)は、プリントが多いようですね。でもそれも終わってやることがないのかもしれないですね。そろそろ暇(やることが見つからない)になってきた子どもたちも多いのかもしれません。

さて、学校再開に向けて、学校ではどんな準備が必要なのでしょうか。
学習については現実もうどうしようもないでしょうね。正直なところ焼け石に水かもしれません。ただ次がある学年であるならば、次年度に繰り越すことは可能だと思います。そのあたりをしっかり次の学年に引き継いでいくことが大切だと思います。そのための学年内の学習進度を調整しあうことが必要だと思います。(卒業する(した)学年については残念なことなのですが。)
次に、新型コロナウイルスについての対策を全職員で理解し合うことだと思います。校内基準づくりも大切ですね。一人の中途半端な判断が大きな穴を作ってしまうと思うからです。
各種の報道を見ていると、「児童生徒には重症化する割合が特に低い。だから学校を再開しても良いのではないか。今はクラスターをつくらないことが大切だ」というコメントが多いように感じます。でもね、低年齢の子どもの感染があることは少なからず報告されているんですね。もしも学校内で子どもの間に軽症の感染者が増えたとしたらどうでしょう。症状が軽いから感染したかどうかは分からない→その子たちが家庭に帰って家族に感染させる→その家族が仕事に行く→仕事場で感染者が増える。これってクラスター感染にはならないのでしょうか。爺はもっと慎重になるべきだと思うのですね。せっかくここまでみんなで我慢し合ってがんばり合っているのですから。

では、学校でできることはなんでしょう。
手洗い、うがいの徹底はもちろんですね。検温、マスク着用も必要でしょうね。教室の座席配置、換気も必要ですね。でもこれってインフルエンザ流行期の対策と同じだと思うんですね。給食の配膳、トイレ清掃などはどうしたらよいのでしょうか。しばらくの間は職員が行う必要があるかもしれませんね。
違うのは、これらの「対策=子どもの行動」をしっかりと見取ることだと思うのです。これまではややもすると「手を洗いましたか?うがいをしましたか?」くらいの確認だったかもしれませんね。今回は、そこをしっかりと見取って評価まですることも必要かもしれません。
こんなことを、職員全員が理解し、実施していくことが求められているのだと思います。
それからもう一つ。保護者への啓発が絶対に必要ですね。学校が再開されれば、「多少の発熱では学校に行ってもらいたい」と、そう思ってしまう保護者がいるかもしれないですね。そこのところを学校便りや学校ホームページ、メールなどでしっかりと伝えていくことも大切ですね。万一校内で(職員、家族も含めて)感染者が出た場合の措置についてもあらかじめ知らせておくことも必要だと思います。

「こんなことはもう完璧です。いつでも再開OKです。大丈夫です。心配ご無用です」という声が聞こえてくることを願っています。これまさに老婆心というのでしょうね。



2020年3月14日土曜日

試されている「生きる力」

新型コロナウイルスの影響で、首相から全国の小・中・特別支援学校の休校が要請されて2週間(3月2日から実施されたとして)が終わりました。
学校では、(たしかに)子どもたちに宿題(課題)を出したり、(たぶん)電話連絡をしたり家庭訪問をしたり地域巡回をしたり、あるいは(やはりたぶん)再開に向けての準備をしたりと、きっと忙しい日々を過ごしていると思います。
そして、出した宿題(課題)は足りているだろうか、生活は乱れていないだろうか、遊びに出ていないだろうか、などの不安も感じられているのではないでしょうか。

でも、なんですね。
こんなときのために、子どもたちに「生きる力」を育んできてくれたのではなかったのでしょうか。

文科省では次のように述べています。
変化の激しいこれからの社会を生きる子どもたちには、[生きる力]、[確かな学力]を育むことが必要です。
「生きる力」:変化の激しいこれからの社会を生きる子どもたちに身に付けさせたい[確かな学力]、[豊かな人間性]、「健康と体力」の3つの要素からなる力
「確かな学力」:知識や技能はもちろんのこと、これに加えて、学ぶ意欲や自分で課題を見付け、自ら学び、主体的に判断し、行動し、よりよく問題解決する資質や能力等まで含めたもの

この「生きる力」と「確かな学力」が育まれているならば、何の心配もないですね。学校から離れた子どもたちは、子どもたちなりに考え行動してくれているはずなんです。いや、こんな時だからこそ、その真価が問われるのだと思います。
裏を返せば、これまでの学校の教育、いや国の教育を問われているのかもしれません。(これってけっこう厳しいですね。)
学校の再開に向けて、こんな評価の準備もあってしかるべしなのではないでしょうか。たとえば、この休校中の子どもたちの生活や家庭学習などについてアンケートを実施するなどして、これからの学校経営に生かしてもらえたとしたら、学校への信頼度は確実にアップ(学校は暇でいいね。先生たちは何してるんだろうね。等のマイナスの声が聞こえ始めてきたようですので。)すると思いますね。市町村や都道府県単位で行えたとしたら、それはまさに素晴らしいことだと思います。
どこか、こんな視点から今回の休校を捉えてくれているところはないものでしょうか。

2019年10月10日木曜日

先生同士のいじめ?

しばらくご無沙汰していましたが、今回ばかりはペンを取らずにいられませんでしたね。

報道では学校名も出ていますね。この学校に通う子どもたちの心を思うと本当に嘆かわしいことだと思ってしまいます。

公立小学校の職員数名が寄ってたかってあの手この手(ここでは詳しくは述べませんが)で若手教員をいじめて休職(多分病休ですね)に追い込んだというのです。
これはすでにいじめではないですね。刑事事件だと思うのですね。警察案件として取り扱うべきものだと思います。警察にお任せするのが一番かなと思います。

この学校で早急にすべきことはなんでしょう。
残った先生たちにがんばってもらって学校を立て直してもらうのでしょうか。
では学校を立て直すってどういうことなのでしょう。
それは、子どもたちの信頼を取り戻すということに尽きると思います。
では、どうやったら信頼を取り戻せるのでしょう。
だって、子どもたちの目からしたら、「残った先生たちだってこのことを見て見ぬふりをしていたんじゃないか」と映っているのではないでしょうか。

爺はこう考えます。(爺の独り言として書いてみます)
残された先生たちは、まずは真摯に心から子どもたちに詫びることだと思います。それぞれの立場で詫びるのですね。保護者にも、地域の人たちにも詫びるのです。「関係した職員が悪い」という詫び方では子どもや保護者、地域には届かないでしょうね。校長の指導力が足りなかったという詫び方でもだめでしょうね。私たち全員の心が弱かった、悪かったと詫びて欲しいですね。
その上で、残された教職員の力と子どもたちの力、保護者の力、地域の人たちの力をあわせて学校を生まれかわらせたいと訴えたいですね。教職員全員の心が届くように訴えたいですね。
もしかしたらそれでも届かない子どもや保護者、地域の人たちはいるかもしれないですね。だとしても続けていくしかないですね。あらゆる機会、あらゆる場面、あらゆる教育活動をとおして続けていくことが大切だと思いますね。

さて、ではこの事件から、すべての学校(園)は、教職員は保育士さんは何を思ったのでしょうか。何を学んだのでしょう。学んでいるのでしょう。
爺はここが本質だと考えているのです。
「私は違う」「私の学校の職員は違う」「私の学校は違う」と思っている先生たちがいないことを祈るばかりです。こう書くのは、これに近い(事件にはなっていない)案件が、(大なり小なり)どこにもあるのではないかと感じているからなんですね。
多分、どこの学校でも校長先生がリードして学校内の再点検を行っているかと思いますが、くれぐれも「これくらいはいいだろう」という見逃しがないようにしていただきたいと思うのですね。

このニュースがあってから、こんな話を聞きました。
「ああいう先生たち、うちにもいるよ(いたよ)」
「子どもの前で担任の先生の悪口を言ったり、クラスが悪いのは担任がどうしようもないからだって言ったりする先生、いるよ(いたよ)ね」
「口が悪い先生って多いよね。(私たちは)がまんして聞いてるけどね」
「言葉でおどす先生もまだまだいるよね。みんながまんして聞いてるけど」
「先生同士のいじめがなかったとしても、こう言う先生も同じだと思うよね」

二つ目の事件が出てくる前に、すべての学校・園で再点検をぜひお願いしたいと思うのです。

2019年2月20日水曜日

不適切保育?

福岡市の認可保育所での不適切保育が問題になっていますね。その保育の内容が音声データとともに取り上げられていますが、「これはひどい。ありえないこと」と思いながらも、「やはり。保育園でもか。うちは大丈夫か」と思ってしまったのも事実なんですね。
この園で行われていたことは、決して許されることではないですね。「不適切保育」などと曖昧な言葉ではなく、事件として扱うくらいの徹底的な調査と対応を望みたいですね。

ただ、このことを、この園だけ、あるいは一部の園だけでのことと捉えていたとしたら不安だと思うんですね。どこの園でも、どこの学校でも、どこの施設でも起こりえることとして再点検しあうことが大切だと思うのです。

学校での「子どもの人権を傷つけるような暴言や対応」について何度も書いてきましたが、一つの事例(一つであっても起こって欲しくないのですが)から学び対応していくことこそ大切なことだと思うのです。
今回の事件では、察するに内部からの匿名通報があったからこうして表に出てきたんだと思うのですね。よかったと思います。本当ならば園内での自浄作用があったらというのが理想なのでしょうが、それでもこうして情報を提供してくれたことに感謝したいと思いますね。何よりも子どもたちの現状と未来を救ってくれたのですから。

さて、ではほかの園や学校、施設などではどうでしょう。ほんとうに大丈夫なのでしょうか。子どもの心を体を傷つけたり、子どもの夢を摘んでしまうような暴言や体罰、虐待は存在しないでしょうか。暴言については「言った言わない」で特に曖昧にされてしまうことが多かったと思うのですが、こうして録音データが残されるようになると「不適切発言でした」という弁解は通らなくなってしまいますね。
園や学校、施設を管理する行政サイドも、「子どもの人権を守る」という視点からの厳密な再点検が必要だと思うんですね。
決してすすめられることではないですが、どうしても自浄作用が働きにくいような現状であるならば、子どもたちのよりよい成長を望んでくれているのであれば、こうした方法もやむなしなのかもしれないですね。

それでもまずは自浄作用を期待したいと思っています。

2018年8月21日火曜日

不適切な発言

8月17日の産経ニュースにこんな記事が出ていました。

教諭「大学行けなくなる」 漢字テスト不合格の児童、2週間登校せず 青森の市立小
 青森県五所川原市の市立小学校で、男性教諭が漢字テストで不合格だった児童10人を起立させ、「大学に行けなくなる」と発言していたことが17日、分かった。このうち1人は、2週間ほど学校を休んだ。県教育委員会が明らかにした。
 県教委によると、男性教諭は2017年5月、テストを返却する際、10人に「将来大学に行けなくなるよ」と発言。テスト前日に出題される可能性がある漢字を予告していたことから「合格するための勉強は少しの時間で済むはずだ」と指摘した。
 テストは10問中9問正解が合格ラインだった。教諭は、児童が翌日から登校しなくなり、校長らに相談した。学校は既に児童や保護者に謝罪した。教諭は反省しており「今後このようなことがないよう肝に銘じたい」と話しているという。
 市教委は昨年11月、不適切な発言だったとして教諭を文書訓告の処分にしたが、県教委は「懲戒処分ではない」として公表していなかった。


学期末や学期始めの漢字テストや計算テスト、多くの学校で行われていると思うんですね。そんな中でのこんな発言、もしかしたら経験がある子どもさんがたくさんいるのではないでしょうか。いや、経験のある先生方もいるのではないでしょうか。
「将来大学に行けなくなるよ」
確かに不用意な発言ですね。まさしく不適切な発言ですよね。子どもを励ましたり指導したりするためにはほど遠い言葉だと思いますね。

このニュースを読んで、「そんなことで」と感じられた教育関係者がいるかもしれないですね。でもそれは今では通用しないんですね。意識改革が求められているんだと思うんですね。

そしてもう一つ。言われた子ども10人のうち一人が学校に行けなくなってしまったんですね。だからこうして問題になっているということもまた問題だと思うんですね。もしもこうして学校に行けなくなるような子どもが出なかったとしたら、こうした問題にならなかったのではないかということなんです。
これって問題だと思いませんか?
学校に行けなくなる子がいなかったとしても、これはまさしく不適切な発言なんだと思うんですね。そういう自覚をすべての関係者がもてるようになることが今求められているんだと思うのです。
ニュースにはならない不適切な発言て、まだまだたくさんあるのでなないでしょうか。「こんなことで」とスルーして、ニュースになるまで先送りすることは、子どもにとっても不幸であり、先生方にとってもまた不幸だと思うんですね。

2018年8月20日月曜日

香川県の小学校で体罰、担任交代だそうです

8月18日の朝日新聞デジタルに小学校での体罰事件が出ていました。

香川)教員が児童に体罰 丸亀の小学校、担任交代へ
 丸亀市立小学校で7月、クラスの担任が児童のシャツの襟首をつかんで引きずる体罰をしていたことが、市教育委員会への取材でわかった。学校側は保護者に謝罪し、9月に始まる2学期から担任を交代させる方針。市教委は月内にも県教委に正式に報告し、県教委が処分などを検討する。
 市教委などによると、1学期の終業式のあった7月20日、4年生のクラスで児童同士の口論があった。担任の30代の男性教員は、教室にいた男子児童の襟首をつかみ、もう一方の児童のところまで廊下を引きずった。児童同士で話し合いをさせるためだったという。
 保護者の指摘を受けて市教委が調べたところ、これ以前にも児童同士のトラブルがあった際、教員が同じ男子児童の襟首をつかんで引きずったことがあり、体罰にあたると判断した。
 市教委の担当者は「一人ひとりの特性に応じた対応ができていなかった。児童が2学期も学校に通えることを最優先に考えた」と話している。


きっとベテランの先生ほど、「これくらいのことで」と思われることでしょうね。そうですね、たぶん、そう思いますね、5年くらい前ならばここまでの対応はなかったかもしれないですね。
でも客観的にこの事件を考えてみたいと思うんですね。ポイントは三つあると思うんですね。

一つ目は、子どもの襟首をつかんで廊下を引きずったことだと思うのです。これは子どもを対等に見ていないという行為なんですね。指導とか愛情とかの心が残っていたとしたら、子どもと同じ目線になって話し落ち着かせ、話し合わせることができたと思うんですね。
二つ目は、以前にも同じような対応、つまり同じ児童の襟首をつかんで引きずったことがあるということだと思うのです。その時に校内の指導体制をチェックできていたらと悔やまれてしまうのですね。トラブルの原因はなんだったのか、背景はなんだったのか、その際の指導はどうだったのか、そして子どもの様子はどうだったか、保護者への対応はどうだったのかなどについて校内でチェックしあえていたとしたらと思うのですね。
三つ目は、一人ひとりの特性に応じた対応ができていなかったということだと思うのです。これはあくまで推察ですが、被害に遭ってしまった子どもは、トラブルを起こしたり起こされたり巻き込まれたりしやすかったのかもしれないですね。確かに子ども間のトラブルに巻き込まれやすい子どもっているんですね。もしかしたら困り感を感じていたのかもしれないですね。いや、困り感を感じている感じていないを問わずですね、指導やサポートのあり方について担任や校内の指導体制を再チェックしていくことが大切だと思うんですね。

いずれにしても、今回の体罰事件に巻き込まれてしまったお子さんが二学期から元気に学校に通えるようになれることを応援したいですね。
もうすぐ二学期が始まりますが、このような残念な事件に子どもを巻き込まないような、そんな指導体制の再チェックをお願いしたいと思うんですね。

2018年8月4日土曜日

いじめ自殺

2016年に青森市の中学2年生がいじめを訴えて自殺した問題に対す報告書が出されましたね。
河北新報 ONLINE NEWS(2018年08月03日金曜日)には以下のようなことが書かれていました。

  • 中1の6月ごろから、同級生などから仲間はずれにされ、常態的に「うざい」「きもい」などの暴言を吐かれるようになった
  • 男子生徒との関係をからかわれた
  • 会員制交流サイト(SNS)上でも容姿をやゆしたあだ名で悪口を言われていた
  • SNS上で「多勢に無勢」の状態に置かれて強いストレスを感じ、倦怠(けんたい)感を抱える起立性調節障害を発症したことなども「いじめの材料となった」
  • 学校に対しては、生徒間のトラブルを把握しながらもいじめの認識が薄く、組織的対応ができていなかったと指摘
  • 再発防止策として、多様な窓口の設置、児童生徒への継続的な対応などを明記
  • 教育長は「ささいな事でもいじめが背景にあるのではないかという意識を持って具体的な対策を確実に行う。二度といじめで命が失われることがないよう指導を徹底する」と話した
テレビのニュースでも放送されていましたので見た方もいらっしゃるのではないでしょうか。そしてどんなことを思われたでしょうか。
爺はこんなことを思いました。

一つ目は、お子さんが置かれていた状況についてです。
1年以上もの長い期間このような状況に追い込まれていったお子さんの気持ちを想うと、私の言葉では言い表せないほどの悲しみと怒りを覚えます。悲しみは、このお子さんが亡くなられたことです。だれもお子さんの側にいてあげられなかったことを想うと余計にそう思います。心からご冥福をお祈りします。怒りは、このお子さんの気持ちに気づかず追い込んでいった子どもたちの行為です。会員制交流サイト、たぶんLINEでしょうね。でもLINEが悪いんじゃないんですね、悪いのはこのいじめに加担してしまった子どもたち、その心なんだと思うんですね。人の心の中には確かに善と悪が混在しているんですね。何かのきっかけで心の奥に潜んでいた悪が表に出てくるんですね。こんなことを書くとなんか宗教じみてきてしまいそうなのでこの辺りにしておきますが、皆さん、どうでしょう。そして子どもたちにスマホを与えてしまった、管理しきれなかった大人たちにもですね。

二つ目は、いじめに対する学校の対応についてです。記事によると、学校は生徒間のトラブルを把握していたんですね。でも、もしかしたら「よくあるトラブルの一つ」と軽い対応になっていたのかもしれないですね。いじめって、こういうところから進行していくんですね。そしてだんだんと過激になっていくんだと思うんですね。先生たちのこれまでの経験では推し量れないような、そんないじめが見えないところで深いところで進行しているのが今のいじめなんだという認識をもつ必要があるのだと思うのです。今の教師の、教育関係者の資質として、こんないじめに敏感になれる感覚を磨いていく必要があるんだと思うのです。

三つ目は、指導の徹底についてです。教育長さんは、「ささいな事でもいじめが背景にあるのではないかという意識を持って具体的な対策を確実に行う。二度といじめで命が失われることがないよう指導を徹底する」とコメントしたそうです。当該教育委員会の教育長のコメントとしてはこれ以上ないものだと思います。特に前半の部分、「ささいな事でもいじめが背景にあるのではないかという意識を持って具体的な対策を確実に行う」には意味がありますね。これは誰に向かって行っているのかと言えば、一人一人の教職員に向けてのものだと思うんですね。職員一人一人が、些細なこと(つまり子ども間の些細な言動やトラブルなど)に敏感になれ!気づこうとするアンテナを張れ!という意味だと思うんですね。でも果たしてどれだけの教職員がこの意味に気づけるでしょうか、いや失礼しました、気づかなければならない!ですね。もしも気づけなそうな職員がいたとしたら、校長先生は何度でも機会あるごとに指導していけ!ということだと思うのです。付け加えておくならば、子どもだけでなく先生の言動や暴言から派生する事件も少なくないという認識も忘れてはいけないことだと思っています。
そして、言葉だけでない具体的な行動として、継続的な指導と評価が必要だと思うんですね。そこまでできてこその指導の徹底だと思うのです。そう、継続的な指導と評価が必要だと思うんですね。

そして四つ目は、「今回のことは氷山の一角だ」という認識をもてるかどうかがポイントだということです。今回は本当に残念ながら最悪の結果になってしまったが故に、こうしてメディアに取り上げられたのだと思います。でも現実の問題として、ここまで行く前の状況に追い込まれている子どもがまだまだいるのではないかと思うのです。「私の園・学校、クラス、家にはいない」という前提ではなく、表面的には見えなかったとしても、いるかもしれないという前提に立って、定期的に子どもの様子やクラスの様子、部活動の様子、職員の様子、そして家庭での様子などを見つめ直してみることで、こうして追い込まれてしまっている子どもを少しでも救うことができるのではないかと思っています。そしてこうしたそれこそ些細な取り組みの継続がいじめの根絶につながっていってくれるのだと、そう信じています。

一つの出来事を表面的な事実だけでとらえるのでなく、その出来事の本質を見ようとする目が求められているのだと思うんですね。「二度といじめで命が失われることがないよう」ではなく、「こうして追い込まれる子どもが出ないよう、少なくとも学校生活の中では皆がいじめそのものを悪として認識し合い追放できるよう、不退転の覚悟で立ち向かう姿勢と本気の取組」が求められているのだと思うのです。

2018年7月20日金曜日

公平・公正

公平・公正なはずの公務員が不公平・不公正なことを行っている、そんなニュースが多いですね。残念なことですね。
子どもはこういったニュースを見てどう思うのでしょうね。発達段階によっても違ってくるのでしょうが、発達段階、学年ですかね、それが進むにつれてだんだんと気にしなくなってしまうのでしょうかね。感じなくなってしまうのでしょうかね。いや、気づかないふり、感じないふりをするようになってしまうんですかね。
そういう対応の仕方ってどこで覚えるのでしょう。
意外とそれが学校でだったりして。もしもそうだとしたら怖いことだと思いませんか?いかがでしょう。

実は、子どもはこういうことに敏感なんですよね。先生による「えこひいき」っていうんでしょうか。この言葉、今ではあまり聞かなくなったと思うのですが、実際のところどうなのでしょう。

確かに学校で大きな行事を行うときに、担当者は「成功させよう」という思いからか、上手にやれそうな子どもを選びたいという気持ちが強くなりがちになるということを聞いたことがありました。
でも子どもって、「自分もやってみたい」という気持ちがあるんですね。何人も立候補してくれることもあるんですね。指導者としてもうれしいことですよね。素晴らしいですよね。学校ではこういうやる気のある子を育てたいのですから。だからそういうときには、みんなが公平・公正にチャレンジできる場を作ってあげるんですね。そこに向かって努力しあうところに、子ども同士の成長があると考えるからなんですね。
もしもですよ、もしも万一ですね、上手にやれそうな子どもを選びたいがために、ありえないとは思うのですがもしもあったとしたら、そこに不公平なことや不公正なことがあったとしたどうでしょう。不公平・不公正で選ばれた子どもは行事の中でスポットライトを当てられるでしょうが、ずっとそのことを引きずらなければならなくなってしまうでしょうね。それは実に悲しいことですね。選ばれなかった子どもがその不公平・不公正なことを知ったとしたら、その先生に対する信頼はきっと一瞬にしてなくなるでしょうね。そしてこういうことはだんだんとみんなの中に広まっていくんですよね。

校長先生の仕事は多岐にわたりますから、なかなかこういった指導の過程にまで目が届かないことが多いんですよね。爺も経験上そう思います。だからなんですね、大きな行事があるときには、でき映えだけにでなくできるだけその指導の過程にも気を配ってほしいと思うんですね。公正・公平に子どもが頑張れているか、先生が指導できているか、あるいは過激な言葉が使われていないかなどをですね。行事が大きいほど、先生は力が入ってしまいますからね。そして校長先生からも子どもに声をかけてあげたりして練習の過程を励ましてほしいと思うんですね。子どもはそういうときの言葉、忘れないですからね。
(余計なこととは思いましたが、いつもの老爺心ということでご容赦ください。)

もしも学校で、ということで書きましたけど、これは家庭でも同じだと思うんですね。「公平・公正な子ども育て」って言うんでしょうか、当たり前のようで案外忘れてしまうこともありますからね。
ほんとうに当たり前のことなんですけど、公正・公平な子ども育てから、子どものよりよい成長が目指せるんだと思うんですね。

2018年7月17日火曜日

熱中症による事故

日本列島、毎日暑い日が続きますね。
それに伴って熱中症による事故も増えているようです。

13日には気象庁が緊急会見を行って、西日本と東日本での高温に対する注意を促していました。高温注意に対しての緊急会見は異例ということでしたね。
実は今日も気象庁は、東北地方南部から九州地方にかけての高温注意報を出して熱中症に警戒するよう呼びかけていました。

そんな中でとても残念な事故が起こってしまいましたね。

校外学習の小1児童が熱中症で死亡 愛知 豊田

2018年7月17日 18時06分

17日午前、愛知県豊田市で小学校の校外学習に参加した1年生の男子児童が学校に戻ったあと意識を失い、熱中症で死亡しました。豊田市は、午前中から気温が30度を超え、気象台は、愛知県に高温注意情報を出していました。

愛知県の豊田市教育委員会によりますと、死亡したのは豊田市立梅坪小学校の1年生の男子児童です。

児童は、17日午前、学校から1キロ離れた公園で行われた校外学習に参加し、学校に戻ったあと意識を失って心肺停止になり、その後、死亡が確認されました。

熱中症と診断されたということです。

校外学習は、午前10時すぎから、1年生およそ110人が参加して行われ、30分ほど虫取りや遊具などで遊んだあと、11時半ごろに学校に戻ったということです。

児童は、公園に行く際、前を歩いていた児童から遅れ、「疲れた」と訴えたため、担任の教師が手を引いて歩いたということで、帰りも「疲れた」と話していたということです。

豊田市教育委員会学校教育課の鈴木直樹課長は「学校の教育活動の中で児童が亡くなるという重大な事態が発生した。深くおわび申し上げます」と陳謝しました。

また、梅坪小学校の藪下隆校長は「結果的に大事な子どもの命がなくなってしまい判断が甘かったと痛感している」と話しました。

気象台によりますと、豊田市は、きょう午前9時に30度4分を観測し、熱中症の危険が特に高まっているとして、気象台は愛知県に高温注意情報を出していました。

校長「悔やんでも悔やみきれない」

梅坪小学校の薮下隆校長は「このような天気で、行事を中止すべきだったのに、なぜその判断ができなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。夏休みを控え、今週金曜日で授業は終わるので、大きな学校行事はないが熱中症に配慮していきたい」と話しました。


NHK   NEWS WEBより


ほんとうに残念な事故だったと思います。亡くなられた子どもさんのご冥福をお祈り申しあげます。
爺がこんなに悲しい事故を紹介するのは、誰を責めるものでもありません。このような事故が再び起こらないように、という思いからなのです。
園や学校の行事など、集団で行う時には、どうしても予定されたことをやり遂げることが優先されてしまう傾向があるようです。でもそういうときこそ、状況を客観的に見られる目が必要なんだと思うんですね。そのためには客観的な情報も必要ですね。今回の事故でいえば気象庁からの情報であり、現地のデータであったと思いますね。そして子どもの状態ですね。家庭での様子と出発前の様子のチェックは当然として、1年生がこの環境の中で往復2kmを集団歩行することへの耐性についての対応っていうのでしょうか。ややもすると110人すべての子どもにその耐性があると、そう思ってしまう、過信してしまう、そんな傾向が指導者にはあるのではないかと、そう思うんですね。事前に大人が実際にこの距離を歩いてみるなどして確認しておくことも大切ですね。

今は異常な暑さなんです。危険な暑さなんですね。そしてこれが毎日続くとどうしてもその認識が薄れてきてしまうんでしょうね。みんなで気をつけあっていきましょう。

熱中症による事故、こんなにもあるんですよ。 <参考資料

2018年6月19日火曜日

ブロック塀の事故

大阪での地震でのお悔やみとお見舞いを申しあげます。
地震直後の報道ではこれほどの被害は予想もできなかったことでした。防げた事故もあったようです。日ごろの対策の必要性を痛感させられました。
特に学校施設の対策には万全を期していただきたいと思いますね。でも現実、学校施設管理への予算投下は実に厳しいものがあるのです。教育委員会の予算は、学校教育だけでなく、社会教育(たとえば公民館などですね)、図書館、文化施設(文化会館ホールなど)、体育施設(体育館、グラウンドなど)、文化財など多岐にわたるのですね。それに学校への予算投下は住民の皆さんの目には映りにくい面もありますからね。どうしても大人の目に見えるところに予算が行ってしまうのかもしれませんね。いや、これは言い過ぎかもしれません。失礼しました。

でも、なんですね、これからのその地域社会を支えていく子どもたちの安全について第一に考えてほしい、それが住民一番の願いだと思うのですね。これから文科省の指示で学校のブロック塀の点検が始まるようですけれど、問題はブロック塀だけではないのですね。各学校ではそのほかに見落としていた危険箇所はないかについても今一度精査して、危険と思われる箇所があれば速やかな修繕の要望を教育委員会の担当課に伝えることが大切だと思うのです。危険かもしれないと直感したところ、そこにはきっと危険が潜んでいるものです。そんなところもぜひ洗い出していただけたらと思います。
教育委員会ではブロック塀の修繕についてはすぐにでも取り組んでくれると思いますね。でもそれ以外の箇所についてはどうでしょう。「今はブロック塀だけで精一杯だからできない」「予算が間に合わない」「学校への配当予算で何とかしてくれ」などの回答が予想されますね。

それでも、校長先生方には、何度でも教育委員会に要望を出していただけることを期待しています。子どもの安全を守れるのは、それぞれの学校を管理している校長先生方なんだと思います。なぜならそれぞれの学校の内外について一番知っておられるのは校長先生にほかならないと思うからなんです。
今回のブロック塀での残念な事故をいかすためにも、各学校での早急の取り組みをお願いしたいと思っています。

2018年5月11日金曜日

不審者情報の共有

昨日の続きになりますけれど、今回のような事件が起こらないように、園や学校では不審者情報の共有についての点検が大切ですね。

  1. 通学路が分かりやすくなっている地図がある。
  2. 通学路上の危険箇所(交通、不審者出没など)が地図上に表されている。
  3. この地図が教職員、PTA、地域応援団、保護者、行政区長、教育委員会、自治体担当課、警察署、管轄交番などと共有(配付)されている。
  4. この地図の更新、共有が毎年行われている。
  5. これらの各団体との会議が毎年行われている。
  6. 教職員やPTA、保護者による巡回指導が定期的に行われている。
  7. 子どもの安全を見守ってくれる地域応援団などのグループが組織されている。
  8. 子どもや保護者、地域からの情報が集約できる態勢が醸成されている。
  9. これらの情報を素早く整理して、各団体に流せる連絡システム(電話やメールなど)がある。
  10. 集団下校などを行う体制ができている。

思いついたことを書き連ねただけなのですが、当たり前のことばかりで目新しいことはないと思います。でもこうした当たり前のことをチェックして、いつでも機能できるようにしておくことが大切なんですね。意外と、組織はある、でも同じメンバーで同じ活動だから連絡会議も行われていなかったり、マンネリ化していることって少なからずあるのではないでしょうか。(無ければ幸いですね。)

koro爺がまだ現役だったころ、年に数回でしたが夜、こうした地域の団体の皆さんに集まっていただいた会議があったんですね。でも何回も続くとどうしてもマンネリ化っていうんでしょうか、そうならないようにと新鮮な議題や提案を考えたものですね。でも今思えば、上のような議題についてはたとえ例年の同じような内容だったとしてもですね、更新された新しい情報(それが少しであっても)を加えてもっと共有化を図ることができたんじゃないかと思うんですね。

全国の校長先生、腕の見せ所ですね。

2018年4月6日金曜日

学年始めの大切なこと

もうすぐ学年始めですね。新入園、新入学のお子さんもいることと思います。
その学年始めで大切なこと、なんだと思いますか。

それは、担任の先生をほめることだと思うんですね。もちろん、これは先生に向かってほめるのではありませんね。お子さんの前で担任の先生をほめるんです。
「いい先生でよかったね」「やさしい先生でよかったね」「教え方がとても上手な先生でよかったね」などと思いっきりほめてほしいですね。
それを聞いた子どもは、きっと園や学校に行くのが楽しみになるでしょうね。先生に会いたくなるでしょうね。こんなところから意欲も芽生えてくるはずなんです。
これ、もしも逆だったらどうでしょう。「えーっ!?○○先生?いい加減な先生らしいよ」「面倒見が悪い先生らしいよ」「怒りっぽい先生らしいよ」などとお子さんの前で言っちゃったとしたら。(たとえそんな噂が聞こえてくる先生だったとしてもですよ、お子さんの前ではそこはぐっとこらえて飲み込んで、ぜひ先生をほめてほしいと思うんですね)
一年に一度のこのチャンスをぜひプラス方向で捉えて、子どもの意欲づくりにいかしてほしいと思うのです。

そして先生にもお願いですね。
たまに初日に厳しくして(おどして?)クラスや指導のルールを徹底させようとする先生はいないと思います(いないことを期待しています?)が、まずは子どもをほめて、そして子どもの新しいよさを早く見つけてあげてほしいですね。そう、新しいよさをなんです。先生がかわる、かわった先生の新しい視点から、子どもの新しいよさを見つけてほしいんですね。それができるのも新しい先生の特権だと思うのです。クラスづくりがきっと楽しくなりますよ。

子どもにとっても、大人にとっても、そして先生にとっても新しい年の始まりなんです。子どもが伸び伸びと、そして子どものよさが発揮できる、そんな一年になることを爺は願っているのです。

2018年3月12日月曜日

花粉症らしき症状

くしゃみの連発、その後の鼻水、時々の目のかゆみ、時々の鼻づまり、時々の喉の奥の方の痛がゆさに悩まされているこの頃です。
こういうの花粉症って言うんですってね。
でも爺はお医者さんに行って診てもらったわけではないので、花粉症らしき症状が出ているという状況なんです。「早くお医者さんに診てもらって薬を飲めばよくなるよ」と家内に言われるのですが、お医者さんで薬をもらって飲んだとしても完治するわけでもないだろうし、体の中に毎日余計な薬を入れるのも何となく怖いような感じがしますしね。それに「花粉症ですね」と診断されてしまうと、何となく弱気になってしまいそうな気もするし、それならまだ我慢していようかなと思っているところなのです。

でもこの症状、子どもだったらどうかなって考えたんですね。小中学生くらいの子どもだったらどうでしょう。きっと集中力が途切れやすくなりそうですよね。気持ち悪いなって感じるかもしれないですよね。思い通りの活動ができなくてモヤモヤ感が蓄積されてしまうかもしれないですよね。イライラ感も出ることがあるかもしれませんよね。こんな時、先生から「ぼーっとしてちゃだめだよ」なんて指導をもらっちゃうかもしれないですよね。子どもにとったら学校での困り感の一つだと思いますね。
こんな気持ち、気づいてくれる先生がいたら、子どもはどんなにうれしいことでしょうね。安心するでしょうね。(先生、ぜひ気づいてあげてくださいね)

薬飲ませます?
薬を飲ませれば、きっと症状が緩和されますよね。そうすれば上のような困り感は確実に減るでしょうね。全部とは言いませんが。
でも、毎年シーズン中飲み続けるとしたら、何となく怖いような気持ちになってきますよね。(大人なら体もしっかりできていますから多少の副作用があったとしても、それは相殺できると思うんですけれどね。)
だからお医者さんなんだと思うんですね。専門医を受診して診断を受けてみたら安心ですね。専門医がいいですね。そして薬については、不安についてしっかり相談してみるのがいいと思います。「できれば薬は飲ませたくないんです」くらいの相談姿勢が大切だと思うんですね。安易に(あまり説明も無しにという意味です)お薬を出してくれるお医者さんには用心も必要かもしれないですね。(一回飲めば完治できるという特効薬が出れば別なんだと思いますが。)子どもに飲ませる薬って、親ごさんがしっかり判断して納得してからがいいと思うんです。長期間の服用が必要な薬については特に大切な心構えだと思います。

では薬を使わないほうがいい?爺は使わないで済むのならそれがいいと思っています。短期間の服用で済むのでしたら別ですよ。例えばインフルエンザの薬とか。どうしても飲まなければならない薬とか。
では薬を飲ませないでどうしたらよいのでしょう。
できる予防をするんですよ。予防できるようにしてあげるんですよ。たとえ薬のような大きな効果がなかったとしてもです。
たとえば、こんなことが考えられますね。

  • 明日の花粉の飛び具合とかを調べてあげる
  • 予報によってはマスクをさせて登校させる
  • 帽子やメガネを着用させる
  • 衣服を考える
  • 外遊びや外活動を控えさせる
  • 休み時間などに、うがい、洗顔をさせる
  • まだまだたくさんありますよね、きっと

そしてもう一つ大切なことがありますね。担任の先生に知らせておくことですね。担任の先生と保健室の先生で連携してくれるかもしれないですね。あるいは学校保健委員会(各学校にはこういう組織があるんですね。子ども主体に行う委員会活動などとは違う組織です)などで議題として取り上げて学校全体として対応してくれるようになるかもしれませんよ。これによってお子さんへの対応も確実に変わってくると思いますね。こんなことでは解決策にはならないでしょうが、それでもお子さんの困り感を減らすことができると思うんです。

子どもの花粉症、年々増えているんだそうです。

スノームーン

2月の満月はスノームーンとも呼ばれるそうですね。せっかくだから満月の予報時刻である2月17日午前1時57分を狙って撮影してみました。 西よりの風が強くなったなかでの撮影となりました。 まさにスノームーン。凍てつくように輝く、実にきれいな月でした。 昨日16日の月をアップし忘れ...