ラベル いじめ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル いじめ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年10月10日木曜日

先生同士のいじめ?

しばらくご無沙汰していましたが、今回ばかりはペンを取らずにいられませんでしたね。

報道では学校名も出ていますね。この学校に通う子どもたちの心を思うと本当に嘆かわしいことだと思ってしまいます。

公立小学校の職員数名が寄ってたかってあの手この手(ここでは詳しくは述べませんが)で若手教員をいじめて休職(多分病休ですね)に追い込んだというのです。
これはすでにいじめではないですね。刑事事件だと思うのですね。警察案件として取り扱うべきものだと思います。警察にお任せするのが一番かなと思います。

この学校で早急にすべきことはなんでしょう。
残った先生たちにがんばってもらって学校を立て直してもらうのでしょうか。
では学校を立て直すってどういうことなのでしょう。
それは、子どもたちの信頼を取り戻すということに尽きると思います。
では、どうやったら信頼を取り戻せるのでしょう。
だって、子どもたちの目からしたら、「残った先生たちだってこのことを見て見ぬふりをしていたんじゃないか」と映っているのではないでしょうか。

爺はこう考えます。(爺の独り言として書いてみます)
残された先生たちは、まずは真摯に心から子どもたちに詫びることだと思います。それぞれの立場で詫びるのですね。保護者にも、地域の人たちにも詫びるのです。「関係した職員が悪い」という詫び方では子どもや保護者、地域には届かないでしょうね。校長の指導力が足りなかったという詫び方でもだめでしょうね。私たち全員の心が弱かった、悪かったと詫びて欲しいですね。
その上で、残された教職員の力と子どもたちの力、保護者の力、地域の人たちの力をあわせて学校を生まれかわらせたいと訴えたいですね。教職員全員の心が届くように訴えたいですね。
もしかしたらそれでも届かない子どもや保護者、地域の人たちはいるかもしれないですね。だとしても続けていくしかないですね。あらゆる機会、あらゆる場面、あらゆる教育活動をとおして続けていくことが大切だと思いますね。

さて、ではこの事件から、すべての学校(園)は、教職員は保育士さんは何を思ったのでしょうか。何を学んだのでしょう。学んでいるのでしょう。
爺はここが本質だと考えているのです。
「私は違う」「私の学校の職員は違う」「私の学校は違う」と思っている先生たちがいないことを祈るばかりです。こう書くのは、これに近い(事件にはなっていない)案件が、(大なり小なり)どこにもあるのではないかと感じているからなんですね。
多分、どこの学校でも校長先生がリードして学校内の再点検を行っているかと思いますが、くれぐれも「これくらいはいいだろう」という見逃しがないようにしていただきたいと思うのですね。

このニュースがあってから、こんな話を聞きました。
「ああいう先生たち、うちにもいるよ(いたよ)」
「子どもの前で担任の先生の悪口を言ったり、クラスが悪いのは担任がどうしようもないからだって言ったりする先生、いるよ(いたよ)ね」
「口が悪い先生って多いよね。(私たちは)がまんして聞いてるけどね」
「言葉でおどす先生もまだまだいるよね。みんながまんして聞いてるけど」
「先生同士のいじめがなかったとしても、こう言う先生も同じだと思うよね」

二つ目の事件が出てくる前に、すべての学校・園で再点検をぜひお願いしたいと思うのです。

2018年8月4日土曜日

いじめ自殺

2016年に青森市の中学2年生がいじめを訴えて自殺した問題に対す報告書が出されましたね。
河北新報 ONLINE NEWS(2018年08月03日金曜日)には以下のようなことが書かれていました。

  • 中1の6月ごろから、同級生などから仲間はずれにされ、常態的に「うざい」「きもい」などの暴言を吐かれるようになった
  • 男子生徒との関係をからかわれた
  • 会員制交流サイト(SNS)上でも容姿をやゆしたあだ名で悪口を言われていた
  • SNS上で「多勢に無勢」の状態に置かれて強いストレスを感じ、倦怠(けんたい)感を抱える起立性調節障害を発症したことなども「いじめの材料となった」
  • 学校に対しては、生徒間のトラブルを把握しながらもいじめの認識が薄く、組織的対応ができていなかったと指摘
  • 再発防止策として、多様な窓口の設置、児童生徒への継続的な対応などを明記
  • 教育長は「ささいな事でもいじめが背景にあるのではないかという意識を持って具体的な対策を確実に行う。二度といじめで命が失われることがないよう指導を徹底する」と話した
テレビのニュースでも放送されていましたので見た方もいらっしゃるのではないでしょうか。そしてどんなことを思われたでしょうか。
爺はこんなことを思いました。

一つ目は、お子さんが置かれていた状況についてです。
1年以上もの長い期間このような状況に追い込まれていったお子さんの気持ちを想うと、私の言葉では言い表せないほどの悲しみと怒りを覚えます。悲しみは、このお子さんが亡くなられたことです。だれもお子さんの側にいてあげられなかったことを想うと余計にそう思います。心からご冥福をお祈りします。怒りは、このお子さんの気持ちに気づかず追い込んでいった子どもたちの行為です。会員制交流サイト、たぶんLINEでしょうね。でもLINEが悪いんじゃないんですね、悪いのはこのいじめに加担してしまった子どもたち、その心なんだと思うんですね。人の心の中には確かに善と悪が混在しているんですね。何かのきっかけで心の奥に潜んでいた悪が表に出てくるんですね。こんなことを書くとなんか宗教じみてきてしまいそうなのでこの辺りにしておきますが、皆さん、どうでしょう。そして子どもたちにスマホを与えてしまった、管理しきれなかった大人たちにもですね。

二つ目は、いじめに対する学校の対応についてです。記事によると、学校は生徒間のトラブルを把握していたんですね。でも、もしかしたら「よくあるトラブルの一つ」と軽い対応になっていたのかもしれないですね。いじめって、こういうところから進行していくんですね。そしてだんだんと過激になっていくんだと思うんですね。先生たちのこれまでの経験では推し量れないような、そんないじめが見えないところで深いところで進行しているのが今のいじめなんだという認識をもつ必要があるのだと思うのです。今の教師の、教育関係者の資質として、こんないじめに敏感になれる感覚を磨いていく必要があるんだと思うのです。

三つ目は、指導の徹底についてです。教育長さんは、「ささいな事でもいじめが背景にあるのではないかという意識を持って具体的な対策を確実に行う。二度といじめで命が失われることがないよう指導を徹底する」とコメントしたそうです。当該教育委員会の教育長のコメントとしてはこれ以上ないものだと思います。特に前半の部分、「ささいな事でもいじめが背景にあるのではないかという意識を持って具体的な対策を確実に行う」には意味がありますね。これは誰に向かって行っているのかと言えば、一人一人の教職員に向けてのものだと思うんですね。職員一人一人が、些細なこと(つまり子ども間の些細な言動やトラブルなど)に敏感になれ!気づこうとするアンテナを張れ!という意味だと思うんですね。でも果たしてどれだけの教職員がこの意味に気づけるでしょうか、いや失礼しました、気づかなければならない!ですね。もしも気づけなそうな職員がいたとしたら、校長先生は何度でも機会あるごとに指導していけ!ということだと思うのです。付け加えておくならば、子どもだけでなく先生の言動や暴言から派生する事件も少なくないという認識も忘れてはいけないことだと思っています。
そして、言葉だけでない具体的な行動として、継続的な指導と評価が必要だと思うんですね。そこまでできてこその指導の徹底だと思うのです。そう、継続的な指導と評価が必要だと思うんですね。

そして四つ目は、「今回のことは氷山の一角だ」という認識をもてるかどうかがポイントだということです。今回は本当に残念ながら最悪の結果になってしまったが故に、こうしてメディアに取り上げられたのだと思います。でも現実の問題として、ここまで行く前の状況に追い込まれている子どもがまだまだいるのではないかと思うのです。「私の園・学校、クラス、家にはいない」という前提ではなく、表面的には見えなかったとしても、いるかもしれないという前提に立って、定期的に子どもの様子やクラスの様子、部活動の様子、職員の様子、そして家庭での様子などを見つめ直してみることで、こうして追い込まれてしまっている子どもを少しでも救うことができるのではないかと思っています。そしてこうしたそれこそ些細な取り組みの継続がいじめの根絶につながっていってくれるのだと、そう信じています。

一つの出来事を表面的な事実だけでとらえるのでなく、その出来事の本質を見ようとする目が求められているのだと思うんですね。「二度といじめで命が失われることがないよう」ではなく、「こうして追い込まれる子どもが出ないよう、少なくとも学校生活の中では皆がいじめそのものを悪として認識し合い追放できるよう、不退転の覚悟で立ち向かう姿勢と本気の取組」が求められているのだと思うのです。

2018年2月16日金曜日

子どもの遊び

子どもは、今どんな遊びをしているのでしょうか。もちろん、これは子どもの年齢、学年によって違うと思いますが、たとえば一番身近なご家族は、あるいは担任の先生は、どれくらい知っているのかな、と思ったりもします。
爺の孫は普段は保育園に通っているのですが、園でどんな遊びをしているのか分かりません。たまに聞くと教えてくれるのですがはっきりとしたことは分かりませんね。情報は担任の先生から発信されるときどきのメールであったり、あるいは親が直接迎えに行ったときの情報であったりでしょうか。逆に園の先生も、園を離れての孫の様子についてはきっと知らないことの方が多いでしょうね。
これって、すごくもったいないですよね。そう思いませんか?
園での体験を知れたとしたら、家庭で追体験や発展的体験を積むことができますよね。そしたらきっと、もっともっと自信をもった活動ができるようになるかもしれませんね。家庭での体験を園の先生が知ることができたら、園の活動のなかでそっと活かしてもらえるようになるかもしれませんね。

これって、難しいことでしょうかね。
園や学校での出来事を、そうですね、休み時間の出来事だとか放課後の出来事だとか、総合的な学習の時間の活動の様子とか道徳で学んだことなんかもいいですね、音楽で歌ったり演奏したりした曲や体育で挑戦していることなんかもいいですよね、そしてそんな中に「休み時間の過ごし方ベスト10」とかあったら最高ですね、そんなことを週末あたりにクラス通信やホームページなどで発信してもらえたら、家庭での「子ども育ての使えるデータ」になりますね。園の先生や小学校低学年の先生がとても苦労している毎日のお便り帳なんかよりもいいかもしれませんね。先生がお便り帳に書いてくれてる時間を子どもを見てくれたり遊んでくれたりしていてくれた方がいいですものね。そのかわりに一週間の様子を週末にちょこちょこって知らせていただけたら。
家庭からは、「週末にこんな体験をしてきました」ノートなどで子どもの体験を教えてもらうくらいで。簡単に。

おっと、また脇道にそれてしまいそうですね。子どもの遊びについてでしたね。そう、子どもの今の遊びを知ることで、たまにその遊びを一緒にしてみることで、子どもの気持ちが知れたり、子どもの体験を補充してあげられたりするんじゃないかな、って思うんです。
でも現実には、子どもがどんな遊びをしているのか、実は誰も知らなかったりして。知っているのは子どもだけなのかもしれないですね。そしてそんなところに空いたポケットにいじめなんかも隠れていたりするんですね。おっと、脅かしてしまいましたね。失礼しました。


スノームーン

2月の満月はスノームーンとも呼ばれるそうですね。せっかくだから満月の予報時刻である2月17日午前1時57分を狙って撮影してみました。 西よりの風が強くなったなかでの撮影となりました。 まさにスノームーン。凍てつくように輝く、実にきれいな月でした。 昨日16日の月をアップし忘れ...