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2020年3月24日火曜日

学校再開に向けたガイドライン

萩生田文科大臣は、「学校再開に向けて感染症対策に十分な警戒を行うべく、学校が取り組むべき事項や留意事項を具体的に示したガイドラインを作成しました」と指針を公表しました。
そして、次の「3条件」が同時に重なる場面を避ける対策が不可欠であること
1.密閉
2.密集
3.近距離での会話など


そのために
・換気の徹底
・マスクの着用
・毎朝の検温などが必要なこと
などについて説明しました。
また、入学式や部活動などでも3条件が重ならないような実施方法の工夫を求めました。

これを読んで、「この3条件と具体的取り組みをすれば、授業も学校生活も部活動も再開だね」と、そう思ってしまったとしたら、ちょっと危険すぎないかと思うんですね。
一気に再開するのではなくて、一つ一つチェックしながら、段階的に再開していく計画もあってしかるべきだと思います。たとえば、再開第一期(1週間程度)では半日再開、第二期(1週間程度)では通常授業のみ、第三期(1週間程度)では部活動や行事等の実施などの計画です。その期ごとで課題が見つけ、解決を図りながら、慎重に通常の学校生活に戻していくことが大切だと思います。
その過程で、学校ホームページやメール、学校便りなどで感染症(新型コロナウィルスだけでなくインフルエンザ等も含めて)のデータや取り組み、課題を積極的に保護者に知らせ、保護者の啓発(理解と協力)を進めていくことが大切だと思います。

萩生田文科大臣は、次のようにも述べていました。
一斉臨時休校をはじめた時よりも状況は改善しているわけではなく、むしろ感染者が増えている地域もある中でなぜ学校を再開するのかというと、国民の皆さまの感染拡大防止に関する意識が高まっているという認識があるからであります」
(これ、ほんとうでしょうか。むしろ、「保護者の皆さまからは、早く学校を再開してほしい、子どもを家庭から学校に戻してほしい、という大人の要望が聞こえて参ります。でもそのためには国民の皆さま、保護者の皆さま一人一人の感染防止に関する意識をしっかり高めていただくことが必要です。それを前提に再開するのです」と訴えているように思うのです)
そして、「引き続き一人一人の行動変容、強い行動の自粛の呼びかけが必要な厳しい状況に変わりはありません」と述べました。(一番の重みを感じる言葉でした)

一方、WHOのテドロス事務局長は、「パンデミックが加速している」と発表しました。その根拠については感染者の増加をあげました。

  • 0   →10万人 67日間
  • 10万人→20万人 11日間
  • 20万人→30万人   4日間

そして、「ウィルスに勝つためには、積極的にそして戦略的に攻撃する必要がある」

  1. 疑わしきは全て検査する
  2. 感染が確認された人全員を隔離する
  3. 全ての濃厚接触者を突き止め隔離する必要がある
と述べました。


小池東京都知事は、「この3週間、先ほど申し上げましたように、オーバーシュートが発生するか否かの大変重要な分かれ道である」と述べました。

そして、「自体の今後の推移によりましては、都市の封鎖、いわゆるロックダウンなど強力な措置をとらざるを得ない状況が出てくる可能性があります」と続け、若年層に対して特に、「発見が困難な若年層のクラスターが発生する恐れがあるということでございます。無自覚のうちにウイルスを拡散させてしまう、このことが懸念されるわけであります」と訴えました。(これは東京都だけの問題ではないと思っています)

学校の再開については、慎重に、段階的に、そして(前回も書きましたが)再休校の基準をあらかじめアナウンスするなどして、いくつかのシナリオを想定して準備を進めてほしいと願っています。

2020年3月18日水曜日

新型コロナウイルス対策:学校のできること

小学校・中学校・高等学校・特別支援学校の休校(要請)から2週間が経過しましたね。(自治体によっては)学校再開のニュースも聞こえるようになってきたようですが。

先日、食料等の買い出しの用でショッピングセンターに行ってきたんですね。(もちろんマスク着用です。)
するとやはりというか、小学生は家族連れで、中学生は家族連れと友達同士で、高校生(たぶん)は友達同士で、来ていましたね。
学校が再開してからだいじょうぶかな?と不安になったりもしましたけれど。前回は「生きる力」がなどと書きましたが、これもまた現実なんですね。
小中学生の宿題(課題)は、プリントが多いようですね。でもそれも終わってやることがないのかもしれないですね。そろそろ暇(やることが見つからない)になってきた子どもたちも多いのかもしれません。

さて、学校再開に向けて、学校ではどんな準備が必要なのでしょうか。
学習については現実もうどうしようもないでしょうね。正直なところ焼け石に水かもしれません。ただ次がある学年であるならば、次年度に繰り越すことは可能だと思います。そのあたりをしっかり次の学年に引き継いでいくことが大切だと思います。そのための学年内の学習進度を調整しあうことが必要だと思います。(卒業する(した)学年については残念なことなのですが。)
次に、新型コロナウイルスについての対策を全職員で理解し合うことだと思います。校内基準づくりも大切ですね。一人の中途半端な判断が大きな穴を作ってしまうと思うからです。
各種の報道を見ていると、「児童生徒には重症化する割合が特に低い。だから学校を再開しても良いのではないか。今はクラスターをつくらないことが大切だ」というコメントが多いように感じます。でもね、低年齢の子どもの感染があることは少なからず報告されているんですね。もしも学校内で子どもの間に軽症の感染者が増えたとしたらどうでしょう。症状が軽いから感染したかどうかは分からない→その子たちが家庭に帰って家族に感染させる→その家族が仕事に行く→仕事場で感染者が増える。これってクラスター感染にはならないのでしょうか。爺はもっと慎重になるべきだと思うのですね。せっかくここまでみんなで我慢し合ってがんばり合っているのですから。

では、学校でできることはなんでしょう。
手洗い、うがいの徹底はもちろんですね。検温、マスク着用も必要でしょうね。教室の座席配置、換気も必要ですね。でもこれってインフルエンザ流行期の対策と同じだと思うんですね。給食の配膳、トイレ清掃などはどうしたらよいのでしょうか。しばらくの間は職員が行う必要があるかもしれませんね。
違うのは、これらの「対策=子どもの行動」をしっかりと見取ることだと思うのです。これまではややもすると「手を洗いましたか?うがいをしましたか?」くらいの確認だったかもしれませんね。今回は、そこをしっかりと見取って評価まですることも必要かもしれません。
こんなことを、職員全員が理解し、実施していくことが求められているのだと思います。
それからもう一つ。保護者への啓発が絶対に必要ですね。学校が再開されれば、「多少の発熱では学校に行ってもらいたい」と、そう思ってしまう保護者がいるかもしれないですね。そこのところを学校便りや学校ホームページ、メールなどでしっかりと伝えていくことも大切ですね。万一校内で(職員、家族も含めて)感染者が出た場合の措置についてもあらかじめ知らせておくことも必要だと思います。

「こんなことはもう完璧です。いつでも再開OKです。大丈夫です。心配ご無用です」という声が聞こえてくることを願っています。これまさに老婆心というのでしょうね。



2020年3月14日土曜日

試されている「生きる力」

新型コロナウイルスの影響で、首相から全国の小・中・特別支援学校の休校が要請されて2週間(3月2日から実施されたとして)が終わりました。
学校では、(たしかに)子どもたちに宿題(課題)を出したり、(たぶん)電話連絡をしたり家庭訪問をしたり地域巡回をしたり、あるいは(やはりたぶん)再開に向けての準備をしたりと、きっと忙しい日々を過ごしていると思います。
そして、出した宿題(課題)は足りているだろうか、生活は乱れていないだろうか、遊びに出ていないだろうか、などの不安も感じられているのではないでしょうか。

でも、なんですね。
こんなときのために、子どもたちに「生きる力」を育んできてくれたのではなかったのでしょうか。

文科省では次のように述べています。
変化の激しいこれからの社会を生きる子どもたちには、[生きる力]、[確かな学力]を育むことが必要です。
「生きる力」:変化の激しいこれからの社会を生きる子どもたちに身に付けさせたい[確かな学力]、[豊かな人間性]、「健康と体力」の3つの要素からなる力
「確かな学力」:知識や技能はもちろんのこと、これに加えて、学ぶ意欲や自分で課題を見付け、自ら学び、主体的に判断し、行動し、よりよく問題解決する資質や能力等まで含めたもの

この「生きる力」と「確かな学力」が育まれているならば、何の心配もないですね。学校から離れた子どもたちは、子どもたちなりに考え行動してくれているはずなんです。いや、こんな時だからこそ、その真価が問われるのだと思います。
裏を返せば、これまでの学校の教育、いや国の教育を問われているのかもしれません。(これってけっこう厳しいですね。)
学校の再開に向けて、こんな評価の準備もあってしかるべしなのではないでしょうか。たとえば、この休校中の子どもたちの生活や家庭学習などについてアンケートを実施するなどして、これからの学校経営に生かしてもらえたとしたら、学校への信頼度は確実にアップ(学校は暇でいいね。先生たちは何してるんだろうね。等のマイナスの声が聞こえ始めてきたようですので。)すると思いますね。市町村や都道府県単位で行えたとしたら、それはまさに素晴らしいことだと思います。
どこか、こんな視点から今回の休校を捉えてくれているところはないものでしょうか。

2019年10月10日木曜日

先生同士のいじめ?

しばらくご無沙汰していましたが、今回ばかりはペンを取らずにいられませんでしたね。

報道では学校名も出ていますね。この学校に通う子どもたちの心を思うと本当に嘆かわしいことだと思ってしまいます。

公立小学校の職員数名が寄ってたかってあの手この手(ここでは詳しくは述べませんが)で若手教員をいじめて休職(多分病休ですね)に追い込んだというのです。
これはすでにいじめではないですね。刑事事件だと思うのですね。警察案件として取り扱うべきものだと思います。警察にお任せするのが一番かなと思います。

この学校で早急にすべきことはなんでしょう。
残った先生たちにがんばってもらって学校を立て直してもらうのでしょうか。
では学校を立て直すってどういうことなのでしょう。
それは、子どもたちの信頼を取り戻すということに尽きると思います。
では、どうやったら信頼を取り戻せるのでしょう。
だって、子どもたちの目からしたら、「残った先生たちだってこのことを見て見ぬふりをしていたんじゃないか」と映っているのではないでしょうか。

爺はこう考えます。(爺の独り言として書いてみます)
残された先生たちは、まずは真摯に心から子どもたちに詫びることだと思います。それぞれの立場で詫びるのですね。保護者にも、地域の人たちにも詫びるのです。「関係した職員が悪い」という詫び方では子どもや保護者、地域には届かないでしょうね。校長の指導力が足りなかったという詫び方でもだめでしょうね。私たち全員の心が弱かった、悪かったと詫びて欲しいですね。
その上で、残された教職員の力と子どもたちの力、保護者の力、地域の人たちの力をあわせて学校を生まれかわらせたいと訴えたいですね。教職員全員の心が届くように訴えたいですね。
もしかしたらそれでも届かない子どもや保護者、地域の人たちはいるかもしれないですね。だとしても続けていくしかないですね。あらゆる機会、あらゆる場面、あらゆる教育活動をとおして続けていくことが大切だと思いますね。

さて、ではこの事件から、すべての学校(園)は、教職員は保育士さんは何を思ったのでしょうか。何を学んだのでしょう。学んでいるのでしょう。
爺はここが本質だと考えているのです。
「私は違う」「私の学校の職員は違う」「私の学校は違う」と思っている先生たちがいないことを祈るばかりです。こう書くのは、これに近い(事件にはなっていない)案件が、(大なり小なり)どこにもあるのではないかと感じているからなんですね。
多分、どこの学校でも校長先生がリードして学校内の再点検を行っているかと思いますが、くれぐれも「これくらいはいいだろう」という見逃しがないようにしていただきたいと思うのですね。

このニュースがあってから、こんな話を聞きました。
「ああいう先生たち、うちにもいるよ(いたよ)」
「子どもの前で担任の先生の悪口を言ったり、クラスが悪いのは担任がどうしようもないからだって言ったりする先生、いるよ(いたよ)ね」
「口が悪い先生って多いよね。(私たちは)がまんして聞いてるけどね」
「言葉でおどす先生もまだまだいるよね。みんながまんして聞いてるけど」
「先生同士のいじめがなかったとしても、こう言う先生も同じだと思うよね」

二つ目の事件が出てくる前に、すべての学校・園で再点検をぜひお願いしたいと思うのです。

2019年2月20日水曜日

不適切保育?

福岡市の認可保育所での不適切保育が問題になっていますね。その保育の内容が音声データとともに取り上げられていますが、「これはひどい。ありえないこと」と思いながらも、「やはり。保育園でもか。うちは大丈夫か」と思ってしまったのも事実なんですね。
この園で行われていたことは、決して許されることではないですね。「不適切保育」などと曖昧な言葉ではなく、事件として扱うくらいの徹底的な調査と対応を望みたいですね。

ただ、このことを、この園だけ、あるいは一部の園だけでのことと捉えていたとしたら不安だと思うんですね。どこの園でも、どこの学校でも、どこの施設でも起こりえることとして再点検しあうことが大切だと思うのです。

学校での「子どもの人権を傷つけるような暴言や対応」について何度も書いてきましたが、一つの事例(一つであっても起こって欲しくないのですが)から学び対応していくことこそ大切なことだと思うのです。
今回の事件では、察するに内部からの匿名通報があったからこうして表に出てきたんだと思うのですね。よかったと思います。本当ならば園内での自浄作用があったらというのが理想なのでしょうが、それでもこうして情報を提供してくれたことに感謝したいと思いますね。何よりも子どもたちの現状と未来を救ってくれたのですから。

さて、ではほかの園や学校、施設などではどうでしょう。ほんとうに大丈夫なのでしょうか。子どもの心を体を傷つけたり、子どもの夢を摘んでしまうような暴言や体罰、虐待は存在しないでしょうか。暴言については「言った言わない」で特に曖昧にされてしまうことが多かったと思うのですが、こうして録音データが残されるようになると「不適切発言でした」という弁解は通らなくなってしまいますね。
園や学校、施設を管理する行政サイドも、「子どもの人権を守る」という視点からの厳密な再点検が必要だと思うんですね。
決してすすめられることではないですが、どうしても自浄作用が働きにくいような現状であるならば、子どもたちのよりよい成長を望んでくれているのであれば、こうした方法もやむなしなのかもしれないですね。

それでもまずは自浄作用を期待したいと思っています。

2018年8月21日火曜日

不適切な発言

8月17日の産経ニュースにこんな記事が出ていました。

教諭「大学行けなくなる」 漢字テスト不合格の児童、2週間登校せず 青森の市立小
 青森県五所川原市の市立小学校で、男性教諭が漢字テストで不合格だった児童10人を起立させ、「大学に行けなくなる」と発言していたことが17日、分かった。このうち1人は、2週間ほど学校を休んだ。県教育委員会が明らかにした。
 県教委によると、男性教諭は2017年5月、テストを返却する際、10人に「将来大学に行けなくなるよ」と発言。テスト前日に出題される可能性がある漢字を予告していたことから「合格するための勉強は少しの時間で済むはずだ」と指摘した。
 テストは10問中9問正解が合格ラインだった。教諭は、児童が翌日から登校しなくなり、校長らに相談した。学校は既に児童や保護者に謝罪した。教諭は反省しており「今後このようなことがないよう肝に銘じたい」と話しているという。
 市教委は昨年11月、不適切な発言だったとして教諭を文書訓告の処分にしたが、県教委は「懲戒処分ではない」として公表していなかった。


学期末や学期始めの漢字テストや計算テスト、多くの学校で行われていると思うんですね。そんな中でのこんな発言、もしかしたら経験がある子どもさんがたくさんいるのではないでしょうか。いや、経験のある先生方もいるのではないでしょうか。
「将来大学に行けなくなるよ」
確かに不用意な発言ですね。まさしく不適切な発言ですよね。子どもを励ましたり指導したりするためにはほど遠い言葉だと思いますね。

このニュースを読んで、「そんなことで」と感じられた教育関係者がいるかもしれないですね。でもそれは今では通用しないんですね。意識改革が求められているんだと思うんですね。

そしてもう一つ。言われた子ども10人のうち一人が学校に行けなくなってしまったんですね。だからこうして問題になっているということもまた問題だと思うんですね。もしもこうして学校に行けなくなるような子どもが出なかったとしたら、こうした問題にならなかったのではないかということなんです。
これって問題だと思いませんか?
学校に行けなくなる子がいなかったとしても、これはまさしく不適切な発言なんだと思うんですね。そういう自覚をすべての関係者がもてるようになることが今求められているんだと思うのです。
ニュースにはならない不適切な発言て、まだまだたくさんあるのでなないでしょうか。「こんなことで」とスルーして、ニュースになるまで先送りすることは、子どもにとっても不幸であり、先生方にとってもまた不幸だと思うんですね。

2018年2月9日金曜日

良いわけ

koro爺は学校関係者だったのに、学校に厳しいのではないですか?といご意見をいただきました。
うーん、そういえば学校にかかわる事件についての記事が多いですね。
今日はそこのところを少し書いてみますね。
結論から言えば、子どもの味方でもあり学校(先生)の味方でもあるのです。そう思っています。

学校は社会の縮図でもあり、また社会に出て行くための準備の場でもありますね。そのために学校教育法にのっとった教育活動を行っているわけです。教えるのは先生たちですが、学ぶのは子ども、これから社会に出て活躍していくのも子どもなんです。そのために学校で生きる力や学力を身につけ、夢を育んでいるんですね。いわば子どもは社会からお預かりした大切な財産なんですね。ですから学校の主役は子どもであるはずなんです。このことは誰もが認めるところだと思います。その大切な子どもが一部の大人の無理な押しつけや明らかに理不尽な暴力などによって夢や意欲をそがれようとしていたとしたら、それは誰かが助けてあげなければならないですよね。応援してあげたいですよね。そう思います。だから爺は絶対的に子どもの味方なんです。
一方、学校では、その子どもたちがよりよく成長していってくれるようにと、校長先生を先頭にして先生たちが日々一生懸命頑張ってくれているんですね。ところが、たまにというか時々というか、残念な事件が起きてしまう、起こりそうになっているのもまた事実ですね。きっとみんな一生懸命頑張ってくれているだろうに、その「たまに」や「時々」のためにですね、それまでのがんばりの積み重ねがすべて崩れてしまうんですね。ほんのちょっとしたことが原因ですべてを失ってしまうんですね。すべてを失うっていうのは、それまで(事件が起きるまで)子どもが積み上げてきたものであり、先生が積み上げてきたものでもあるわけなんですね。だからそのほんのちょっとしたことに気づいてもらいたいんですね。早く気づいて、その「たまに」や「ときどき」をなくしてもらいたいんです。みんなに気づかせてほしいんですね。そしたらみんないい先生になれますよね。だって子どもたちのために本当に一生懸命頑張ってくれているのですから。本来ならば、これ教育委員会の仕事であり校長先生の仕事だと思うんですね。でもこれまた多忙な日々が続いていて、子ども目線の気持ちや親目線の思い、一般の人の見方になかなか気づきずらいっていうのでしょうかね、忘れがちになってしまう、そんなときがあると思うんですね。だからこんな爺のような見方もまた、少しはお役に立てるのではないかと、そんなことも思いながら書いているんですね。

老婆心、いや老爺心ってところでしょうか。だから、子どもの味方であり学校(先生)の味方であると思っているのです。これ、いいわけでしょうか、それとも良いわけでしょうか。これからも、学校の事件についてはこんなスタンスで書いていきたいと、そう思っています。

2018年1月29日月曜日

教諭が小6児童の顔を蹴る!?

 北九州市若松区の市立小学校で、20代男性教諭が6年生の男子児童の顔を蹴り、児童が救急搬送されていたことが市教委への取材で分かった。児童は顔の骨を折る重傷で、市内の病院に入院中。
 市教委によると、23日午前10時45分ごろ、体調不良のため、休み時間に保健室で検温していた児童に対し、通りかかった教諭が「授業が始まるので教室に戻るように」と言い、その後でトラブルになった。 顔を蹴られた児童が出血したため、学校が119番した。学校の聞き取りに対し、教諭は「感情的になった。けがをさせて申し訳ない」と述べているという。(毎日新聞Webニュースから)
 また残念な事件が起きてしまいましたね。テレビのニュースでは、蹴った理由の一つに「キレてしまった・・・。」というのもありました。普段からカッとなりやすかったのでしょうか。あるいは日常の言葉遣いも激しかったのでしょうか。もしもそんな先生が学校の中にいたとしたら、子どもたちはさぞかし怖がっていたでしょうね。そして子どもたちも賢い(自分の身を守るという意味で)ですから、そういう先生の前では我慢しながら過ごしているのかもしれませんね。でもそれでは正常ではないですよね。子どもはのびのびと学校生活が送れてこそ、それぞれの夢を探せる・育てるようになるのだと思うのです。
 怪我をさせられてしまったお子さん、よくなられたでしょうか。怪我が治ったとしても学校生活や夢への気持ちが萎えてしまってはいないでしょうか。そのあたりまで踏み込んだフォローをしっかりとしてあげてほしいですね。先生の方は、休むなり辞めるなりすればそれで済むかもしれないですが、外から見えない子どもの心の回復にはどれほどの時間が必要であるかを、学校としてしっかり見届けてほしいと思っています。
 そしていつものことですが、全国の校長先生にお願いです。自分の学校では大丈夫だではなくて、自分の学校に潜んでいる、そんな危険性について指導をしてください。普段からカッとなりやすい職員はいないでしょうか?言葉の激しい職員はいないでしょうか?子どもの行動を激しい言動で抑えつけている職員はいないでしょうか?もしも一人でも思い当たる職員がいたとしたら、早速ご指導(言葉がけや観察を含めて)をお願いしたいところです。

2018年1月21日日曜日

学力テストの結果と夏休み短縮

先日のテレビで、全国学力テストの結果が悪いから夏休みを短縮する町がある、というニュースを見ました。授業時間を増やして学力を上げようということらしいのです。
koro爺は、えっ?!と声を出してしまいました。
これって、学力が低いことの理由を子どものせいにしていませんか?(国で定めた授業時間に不足が生じるというのならばともかくです。)これは、あまりにも大人げない理由付けですよね。子どもの気持ちを考えていない、いや考えようとしない、大人のやることはいつも正しい、そう思っている大人たちの奢りというかなんて言ったらよいのでしょうか。そこの町の子どもの何人かは、「私たちって頭悪いんだ」っていう思い(これをコンプレックスとも言いますね)をもってしまうのではないでしょうか。大人からすれば、だからこういう方法で学力をあげてやるんだ、自信をもった人に育ってほしいのだ、って理由をつけるのでしょうが。
これって最悪ですよね。今大切なことは、目先の結果でなくて、自信をもてる子どもを育てることだとkoro爺は思うのです。たとえ結果が伴わなくても、それに向けてどんな取り組みをして、どう頑張ってきたかを、子ども自身が振り返り考えられるような、そんな大人の指導があったとしたら、たとえ全国学力テストの結果が悪くても、子どもは自分に自信を持つことができるようになるのではないかと、そう思っているのです。長い目で見れば、どっちがよりよい子どもを育てられるか、その町を担う子どもを育てられるか、それは明白であると思うのです。

ところで、全国学力テストの結果ってそんなに大切なことでしょうか?いや、そんなことに活用するためのものなのでしょうか。今一度考えてみる必要がありそうですね。koro爺はそう思います。
だってですよ、この学力テストのための練習テストをしている町もあるんですよ。私が勤めていた学校ではそんなことはありませんでしたが、いわゆるガチンコですよね、そのための練習をして子どもを追い込んでそれなりの結果を出す、そしてうちの町は学力が高いんだと。たぶん、そういう町の教育長はこういった事実(取り組み?)は知らないんですよね。きっと知っているのは校長止まり。そして結果だけが教育長に報告されるんです。教育長はこの結果を首長や議会に知らせる。その結果、皆が、「うちの町の子どもは学力が高い」と。
で、その逆は、ガチンコの結果が教育長に報告され、それは首長や議会に報告され、「どうして我が町の子どもの学力は低いんだ。なんとかしろと(とまでは言わないでしょうが)」。それを見た周りの職員が今はやり?の忖度して、授業時間を増やす算段を考えて・・・・。
あり得ない、あり得ない、いや、大人が学力という言葉に振り回されて知らないうちに子どもが被害に遭っている?
このままだとなんでもありの教育界になってしまいますね。これってあってはならない現実なのかもしれません。


2018年1月19日金曜日

保護者アンケート

学校でよく行われる保護者アンケート、書いたことがありますか?
「学校や子どものことで心配なことや聞いてみたいことなどがあったら書いてください。これからの学校づくりの参考にします」などと書いてあるものです。この頃では記名方式が多いようですね。記名方式にすると回収数は少なくなるのですが、確かな意見や情報が集められるようになりやすいですね。
記名方式だと、書いてくれる保護者の方にしてもかなりの勇気がいりますよね。だって子どもが人質?にとられているわけですから。でも校長とするとそんな気持ちは毛頭なくて、学校内だけでは気づけない学校の課題について知ることができる貴重な意見を集められる手段の一つだと思っているものなのです。
この集められた貴重な意見は、子どもが学校に持ってくるのが一般的で、それを担任が集めて教務主任や教頭が集約して校長のところに届くことになります。そして職員会議などで共有されることもあったり、あるいは校長が子どもの担任や担当者に確認をとって対策を講じさせたりして、その後書いてくれた保護者に電話で伝えたり、学校便りなどで対策を知らせたりする(もちろん書いてくれた人の名前は伏せます)のです。

ところが、なんですよね。寄せられたアンケートに関係する担任や担当者が、書いてくれた保護者の方の子どもに対して、直接、「あなたは誤解してるんだよ。こういうことなんだよ」って説明をしたとしたらどうでしょう。子どもは驚くことでしょうね。先生から呼び出されて、「あなたは誤解している。それをあなたの家の人が誤解している」と。
この時の子どもの気持ちを考えてみましょう。驚き、恥ずかしさ、恐怖・・・・。これって脅しですか?先生にそんな気持ちは微塵もなかったとしても、子どもからしたら驚き、恥ずかしさ、恐怖・・・・だったに違いないですね。
こういうことって、たまにあるらしいですよ。保護者の皆さん、こんなことを聞いたり、あるいは当事者になっていたとしたら、きちんとした対応(教頭先生や校長先生に、いきさつを話すことですね)をしてあげないと、子どもは学校のことを、学校であったことを、学校で起こっていることを話さなくなってしまうと思うのですね。こうなっては、よりよい子ども育てができなくなってしまいますね。
こんなことを言ったら先生に悪く思われてしまうとか、学校に悪く思われて子どもがかわいそうだ、ではないのです。子どもをよりよく成長させていくために、大人がやらなければならないことなのだと思うのです。
(だからこんなアンケートには書かない方がいいですよ、ではありません。学校をよりよくしていくことは、ひいては自分のお子さんがよりよい学校で成長していくことができる、ということなのですから、ぜひこううアンケートには協力してあげたいですね。)
校長先生は、必ず対応してくれるはずです。なぜならば、校長先生は、いい学校にしようと、いつもいつも思っているからなのです。職員のこうした言動に気づいていないだけなのです。気づいてくれさえすれば、きっと対応してくれるはずです。ぜひ、皆さんのお子さんが通う校長先生を信じてください。

校長先生、こんなことがどこかで行われているのです。私の学校ではあり得ない、ではないのです。対応をぜひよろしくお願いします。


2017年12月8日金曜日

教師の人権意識

「埼玉県北本市の市立中学校の男性教員がツイッターで同校の男子生徒になりすまし、女子生徒の容姿などを中傷する書き込みをしていた」(産経ニュースから抜粋)そうである。
中傷された子どもは、どんなに傷ついたことでしょう。想像で書くことはたやすいですが、本人の心の痛みは誰もはかりしれません。それよりも、周りの皆が味方になってあげること、これだけが彼女が立ち直れることにつながってくれる力になると思います。koro爺も応援してまいりたいと思います。きっと日本中のたくさんの人が応援してくれるに違いありません。
さて、ニュースによると、校長が謝罪し、保護者説明会を開き事情を説明し、教育委員会が詳しい調査をするそうでありますが、それよりも大切なことは、真っ先にやってしまった教師が彼女に謝罪することではないでしょうか。その教師に心からの反省があるならば、それをやらなければなりませんね。保護者から、本人から、たとえどんなに非難されようともです。会うことを拒否されるかもしれませんね。それでもなんです、彼女のことを本当に心配するのであれば、彼女に立ち直ってほしいと思うのであれば、そうすべきであると思うのです。校長が謝罪しても、教育委員会が調査しその教師に処罰をしても、何にも始まらないと思うのですよ。
この事件から少し離れますが、「学校の先生による言葉の暴力」が目立ちませんか?
・このばかども・そこのばかやつら・おまえら・そこのおまえ・じゃまなんだよ・おまえはこれをやるしかくがない・じゃまだよ・おまえはどうしようもないね・・・・(しかも皆がいる前でだとしたらいかがでしょう。爺の経験では、どの学校にも一人や二人、似たような言葉を発したり、あるいは明らかに脅しているような言葉遣いをしたりするような教師がいたものです。そのような教師の言動には留意したり時には指導したりするのですが、四六時中付いているわけにはいかないですからね。)
これらの言葉を言われた子どもはどう思うことでしょう。きっと黙って我慢しているのではないでしょうか。でも心の中はどんなに傷ついていることか。想像で書くことはたやすいですが、本人の心の痛みは誰もはかりしれません。そうなんです、今日のニュースと同じなんですね。今回は、教師がネットを使ってなりすまして中傷したからニュースになったのあり、実はニュースに出てこない「教師による言葉の暴力」がどの学校でもおこっているのではないでしょうか。そのあたりを、皆で話し合い、考え、対応していくことが、今求められているのだと思うのです。そうでないと、明日もまたどこかの学校で、同じようなこと(ネットを使ったなりすましの中傷のことではありません)が起こるのではないかと危惧してしまうのです。
もう一度書きますが、今回の件は「教師がネットを使ってなりすまして中傷した」のが問題ではなく、「教師による子どもの人権を無視した言葉の暴力によって、子どもの心をどうしようもなく傷つけてしまった」ことが問題なのです。
だから、全国すべての各学校の校長先生、園長先生、教育委員会は、そして保育所の施設長さん・それを預かる課長さんらは、今一度、子どもの人権について考え、真摯に調査して、「学校・幼稚園・保育所の先生による言葉の暴力」の根絶をすすめていかなければならないと、そう思うのです。
全国の校長先生、園長先生、そして行政にかかわる皆さま、どうぞよろしくお願いします。


スノームーン

2月の満月はスノームーンとも呼ばれるそうですね。せっかくだから満月の予報時刻である2月17日午前1時57分を狙って撮影してみました。 西よりの風が強くなったなかでの撮影となりました。 まさにスノームーン。凍てつくように輝く、実にきれいな月でした。 昨日16日の月をアップし忘れ...