2018年2月27日火曜日

スマホのすごさ(4回目)

こんにちは。とうとう4回目ですね。今日は寄り道しないで早速本題に入りましょう。
例2でしたね。昨日の例1はすでにスマホを与えてしまった家庭でのルールについて書いたものでしたので、今回はまだスマホを与えていない家庭でのルールについて書いてみましょう。

ルールの基本は、なぜ今スマホが必要なのかを子どもと一緒に話し合うことだと思うのです。仲間とのことではなくそれぞれの家庭としての課題として話し合うことだと思うのです。そこから出発すれば、おのずとルールはできていくと思いますね。親としての考え、つまりお子さんを大切に育ててきたこと、そしてこれからも大切に育てていきたいことを話してあげるんですね。子どもは子どもの理由で説明してくると思います。その結果として、いつ与えるか、どういうふうに使うか、安全な使い方はできるか(これについては学校でも指導してくれているはずです)、フィルタリングはどうするか(これについては完全ではない、いや不完全であるという認識が必要だと思います)、管理はどうするか、などですね。
爺の経験からすると、「学校でも指導した」「家庭にも知らせた」「教育委員会からも保護者向けに啓発通知が出た」「学校区内の教育意識も比較的高い(といわれている)」などの理由から、私の学校ではスマホや携帯電話を持ってくる子はいないだろうと思っていたところへ、地域の方から「学校帰りに携帯電話を出しながら帰っていた子を見ましたよ。指導してあげてください。」との連絡をいただいたのですね。もちろん、各クラスで指導をしましたが、学校としてはそこまでですね。要は携帯電話を与えた大人側の管理なんですね。うちの子は危険な使い方はしないから大丈夫!という認識が強いのかもしれませんね。うちの子が学校に持って行くはずがない。きっと与えるときに十分に約束、つまりルールですね、をしたと思うんですね。そして大丈夫!大丈夫だろう。大丈夫に違いないと。だけどそれでも携帯電話やスマホの誘惑っていうんでしょうか、魅力っていうんでしょうかね、それに負けちゃうのが子どもなんだと思うんですね。これ、携帯電話やスマホに限ったことではなくてゲーム機やゲームソフト、カードゲームなんかについても同じでしたね。子どもを疑えってことではないんですよ。子どもは信じてあげなくちゃいけないですね。だけど、たまに約束やルールを確かめ合うっていうことが、よりよく子どもを成長させていくためには大切なことなんだと思うんです。
おっと、ちょっと脇道にそれましたかね。でもこれってとても大切なことだと思います。

次に、親がスマホを子どもの目の届くところで使わないことも効果があると思いますね。これは直接のルールではないのですが大切なことだと思いますね。大人が子どもと一緒にいるときに、至極普通にスマホをさわっているとしたら、それを見た子どもは、やはり触りたくなる・いじりたくなる・使いたくなるのではないでしょうか。これ自然な流れだと思うんですね。乳幼児期の子どもがいるとしたらなおさらのことだと思いますよ。こんなところから、親によるスマホ教育?が始まっているんだと思うのですね。

そして、どうしてもスマホが必要になったとき、どうしますか?
ルールを作ることを前提としても、家族割りや学割で安いからとすぐに与えてしまいますか?クリスマスや誕生日のプレゼントにと与えてしまいますか?いや、まだやれることはあると思いますね。特に中学生段階(もちろん小学生も含みます)の子どもには、親のスマホを使わせるという期間があってもいいと思うんですね。一緒に使いながらその便利さや安全な使い方、怖さなんかを確かめ合っていけたらいいと思うのです。
実際に、子ども一人でスマホを使っている環境の中で、架空請求とかあったら子どもはどう対応するんでしょう。今はあの手この手で、大人でも驚くような方法で忍び寄ってきますからね。

最後に、学校での指導についても書いておきますね。
学校はほんとうに一生懸命指導をしてくれていると思っています。なにしろ、家庭の責任で与えたスマホの指導をやっていただいているのですから。ただ、せっかくの指導もいつも同じ内容(網羅的な内容が多いかもしれませんね)であったり、同じ講師(通信会社のインストラクターなど)であったりでは、スマホの進歩には追いつけない可能性が高いですね。親子一緒に事例(実際や架空)をもとにした検討会形式のものなども有効かもしれないですね。

スマホって大人にとったら便利でほぼ安全なツールだと思います。でも、大人が思う以上の危険が子どもの隣り合わせにいるんだという現実も認識してほしいと思うんですね。うちの子だけは大丈夫!はないのです。そう思いますね。成長途中の子どもにとっては一人で確かな判断をするのはとても難しいことだと思うのです。
心配しすぎていますでしょうか?子どもの判断力を信じて子どもにすべてを任せた方がよいのでしょうか?
でも、実際に事件は起きているんですね。そこまでいたらないけれどその淵まで行ってる子どもがたくさんいるんだと思うんですね。だから早く、そう一刻も早くですね、大人が家族が行動を起こすときなんだと思っているんです。

スマホのことを書き始めて、いったい何字くらい書いたでしょう。だらだらと書き綴ってしまった反省もあるんですけれど、まだまだ書き足りないところもあるんですけれど、スマホのことについては今回で一応のまとめにしたいと思います。
スマホってほんとうにすごいですね。すごいツールだと思います。これからの社会を変えていく力を持ったツールだと思います。でもそのすごさゆえに、子どものすぐとなりに危険が近づいてるんです。大人の知らないところで。
大人の皆さんのご健闘を期待します。

2018年2月26日月曜日

スマホのすごさ(3回目)

こんにちは。新しい週が始まりましたね。子どもは週末のそれぞれの体験と憂鬱な?月曜日へのそれぞれの思いを持ちながら登園・登校をしているのでしょうか。そんなところにちょっとだけ気づいてあげた言葉かけをしてあげたいですね。

さてスマホについて書き始めて3回目になってしまいましたね。こんなに書くつもりはなかったのですが書き始めたらこのとおり。やはり書くときにはきちんと章立てをしてから始めないといけませんね。というか、そんな書き方してたらいつまでたっても書けなかったかもしれませんね。思ったことを書き連ねるから書けるのだと思います。これもまた理ありです。

さて、親の知恵、家庭の知恵の見せどころでしたね。
まず大切なことは、なぜスマホを子どもに与えたのか、ということなんだと思うのです。それぞれ理由があるはずですね。理由無しにこんな高価なものを持たせるはずがありませんね。便利だけれどわざわざ子どもに危険を近づけるようなものを持たせるはずはないでしょう。どんな理由で与えたのかをはっきりさせておくことが大切だと思うのです。
みんな(○○ちゃんや○○くん)が持っているからですか?
持ってないと仲間はずれにされるからですか?
自転車ではないですが今練習しないと使い方を覚えられないからですか?
きっとそれぞれの家庭でそれぞれの理由があると思うんですね。その理由さえしっかりしていれば、安全に使えるようにするための知恵は出てくると思うんですね。でも上に書いたような理由はスマホを与える理由になり得るでしょうか。それは明白ですよね。なり得ないですね。スマホをもってなくても仲間はずれになんかされないですよ。
もしもこれらがその理由だとしたら、家庭内で今一度スマホの使い方についてのルールを作るんですよ。今すぐにです。そう、「今でしょ」です。

では、早速そのルールの例を考えてみましょう。
例1:「夜9時になったら使うのをやめる」
これは前回書いた中にありましたね。すでにスマホを与えてしまった家庭用ですね。これってなかなかいいルールだと思うんですね。だいたいスマホにはまるのは夜が多いですからね。勉強してるのかなと思っていたら実はスマホで遊んでいたとかよく聞きましたね。だから9時(学年や家庭ごとに違ってよいと思います)になったら使うのをやめたとすれば、子どもを危険な淵に向かわせるのを防ぐことができると思うんですね。でもね、なんですよね。使ってないよ、って言いながらもつい手がのびてしまうのがスマホなんですね。そのためには目に見える形で使わないようなルールにすることが大切なんですね。9時になったら、家族みんなのスマホを決められた場所に置くとかですね。この「家族みんなのスマホを」のところが大人の知恵なんですよね。大人も一緒に取り組むことで子どもも家庭のルールを守れるようになるんですね。(実はこれ、そのほかすべてのことに通じるものだと思っています。

今思えば、こんなルールの提言はもう数年前に提言されていたんですね。でもそれができないんです。それが現実なんですね。
ではなぜできないのでしょう。
それは、子どもにばかりルールを押しつけて、そこに大人の行動が伴っていなかったからなんだと思うのです。もしかしたら大人も辛いかもしれませんよね、こんなに楽しいスマホですから。
でもなんですね、そう、でもなんです。大人が一緒になってというか少し我慢してですかね、子どもと一緒に行動できれば、子どもを危険な淵から引き戻させることができるんだと思えば、こんな我慢、できないはずがないと思うんですね。いかがでしょう。
行動に移してみませんか?少し辛いけど行動に移してみませんか?少し面倒だけど行動に移してみませんか?

今日も長くなってしまいましたね。引っ張っちゃいますね。例2はまた次回ということで失礼しますね。

2018年2月23日金曜日

スマホのすごさ(2回目)

昨日の続きになります。気持ちを新たに続けてみましょう。
例えば20歳の男性がスマホを使い始めて、そのまま一生使い続けたら、おいくら関係先に支払うことになるのでしょうね。とりあえず月5000円かかるとしましょう。厚労省から示されている平均余命(平成28年簡易生命表から)は61.34歳なんだそうです。すると、5000円×12ヶ月×61.34年=368万400円ということになりますね。女性なら5000×12×67.46=404万7600円。二人で使い続けたら772万8000円。平均余命はこれからさらに伸びていくことでしょうから1000万円突破もあるかもしれませんね。そして今の子どもはさらに上乗せされるんですね。やっぱりスマホはすごいですね。
あ、また脇道に入ってしまいそうですね。

さて、子どもの身のまわりに普通にあって、こんなに便利で、社会にも貢献してくれている?スマホなんですけれど、このスマホのせいで子どもをあまりにも危険な状況に追い込んでしまっているのも事実ですね。今から免許制や年齢制にしようといっても、それは社会が認めませんよね。

ではどうするか?
それこそそれが大人の知恵の見せ所なんだと思うのです。

以前学校や教育委員会に勤めていたころ、携帯電話やスマホの普及に伴って子どもが事件やいじめなどに巻き込まれることに対しての対策について話し合ったことがありました。教育委員会といってもセクションがたくさん(おもに社会教育を担当する生涯学習課、おもに運動やスポーツを担当するスポーツ推進課、図書館や文化財などを担当する文化財保護課、幼稚園や学校教育を担当する学校教育課などですね。自治体によって名称は違ってくると思いますが。)あって、この問題については生涯学習課が中心になってまとめていたと思います。そしてその話し合いの中で学校としての取り組みも求められたわけです。当時はLINEなどでの中学生のトラブルが多かったですからね。そして携帯電話やスマホの普及が小学生にも広がりを見せてきた時でもありましたから。いろいろな人たちが集まって話し合いがもたれましたね。校長先生、PTA会長さん、青少年にかかわる団体の代表の方、生涯学習課の担当者、学校教育課の担当者などでしたかね。
そして結局のところ「学校への携帯電話やスマホの持ち込みは原則禁止です」という結果になったと記憶しています。当たり前と言えば当たり前の結果なのですが、それに付随して学校内でも携帯電話やスマホの正しい使い方などのスポット的な指導が行われました。たぶん今もそうなんだと思うのですが。全市的にはチラシを作って配布したようにも記憶しています。「家庭内で使い方のルールを決めましょう」とか「9時になったら使うのをやめましょう」とか・・・・・・。たぶん、このような取り組みは全国的に行われていたと思いますね。でもやっぱり残念な事件が今も続いているんですね。事件(テレビや新聞で報道される)にはならなくても、それに近いような(表に出てこない)ことはたくさん起こっていることも考えられますね。

おっと、また脇道に迷い込みそうですね。大人の知恵の見せ所でしたよね。
要は学校でいくら取り組んだとしてもそれには限界があるということなんですね。どうしてなんでしょうか。学校での指導が足りないのでしょうか。
爺は違うと思います。学校は学校でできる指導をやってくれているんですよ。学校の味方をするのではなくそう思います。やってくれているんですよ。
今度は大人の知恵の中でも親の知恵、家庭の知恵が求められているんだと思うのですよ。親の知恵、家庭の知恵の見せ所なんだと思うんですね。そう思っています。

たかがそこにあるスマホのことなんですけれど、こんなに書いても書ききれないんですね。スマホってすごいですね。
そうそう、スマホを与えると成績(あくまでも成績、とりあえず得点としておきますね。)が必ず下がりますね。一時的な子もいればしばらく続く子もいますね。ただ、この成績=学力ではありません。ただし依存症や昼夜逆転などの症状が現れて、しかも長期化してくると学力に影響してくるでしょうね。あ、また脅かしてしまいましたかね。
長くなってしまいましたのでこの続きはまた次回ということで、今日はこのあたりで失礼します。

2018年2月22日木曜日

スマホのすごさ

スマホってすごいですよね。何がすごいかって書き始めると、いつまでたっても終わらないくらいすごいんですよ。これ、何がすごいかの答えになっていませんかね。
爺が子どものころ、こんなすごいこと想像もできませんでしたねって言うか、想像できるような環境にいなかったと言った方がいいかもしれませんね。
・電話を持ち歩ける・電話帳を持ち歩ける・文字を書いて送れる、もらえる・資料を送れる、もらえる・辞書を持ち歩ける・音楽を聴くことができる・動画を見ることができる・調べ物ができる・写真や動画を撮れる・うーん、まだまだありますよね。

でも、今の子どもからしたら、これ当然のことなんですね。これが普通の環境なんですね。だってまわりが見えるようになったその時から、大人が楽しそうに使ってるわけですから。だからみんなが欲しがる。だから大人も普通に与えてしまうんでしょうね。

一方で、「スマホは悪だ」とも言われてますね。スマホにからんだ子どもを巻き込んだ事件は後を絶ちませんね。もしもスマホがなかったらこんな事件は起こらなかったであろうことも一理あると思います。でもこれ、もしも自動車がなかったらこんな事故は起こらなかったという理屈と同じですかね。違うのは自動車は免許制・年齢制があるけれど、スマホにはないってことでしょうか。
これ、スマホに年齢制限や免許制にしようという提言ではありません。スマホはすでに社会の中で市民権を得てしまっているんですね。社会の中での市民権とは利益を得る企業としてという意味です。この利益を得る仕組みは本当に良くできていて、スマホを持つ今の子どもたちは一生の間に相当額の代価を支払うことになっているんですね。おいくらくらいになるのか計算してみたらきっと大変な額になることでしょう。このことは子どもだけに関係するわけではなくて、今の大人にも当然として当てはまるわけですけれど。
あ、また脇道に逸れてしまいそうなので、今日はここまでということにしましょうね。
危ない危ない。

2018年2月21日水曜日

ほめルンです同盟

昔、「写ルンです」っていう使い捨てカメラがありました。安いのに結構写りがいいんですね。誰でも簡単にきれいな写真を撮ることができたんです。
その写るルンですからヒントを得たわけ・・・・なんですけれど、「ほめルンです同盟」なんていかがでしょう。誰でも簡単に子どもをほめてあげられて、子どものやる気や意欲を育てていくんです。もちろん、いつもこんなこと実践してますよって言われる方がいらっしゃると思うのですが、ほめることの意識付けっていうか拠り所っていうのか、そんな感じですかね。子どもをほめて伸ばしていこうって思ってくれている大人がこんなにいるんだってことなんですね。
では、規約を考えましょう。

  1. 「子どもはほめられるとうれしい」と知っていること
  2. 「子どもをほめ続けると子どもは伸びる」と信じていること
  3. ほめるところを見つけようと努めていること
  4. 子どもと一緒に成長しようと思っていること
  5. その他

5のその他については、これからみんなで考えていけたらいいですね。
そうそう、会員ナンバーも必要ですね。001番は不肖koro爺がいただくとして、それ以降のナンバーはほめルンです同盟に自己加入したと同時に発行としましょう。自己加入ですから特に加入申請は必要ありませんね。つまり皆さんが会員ナンバー002ということですね。ややっこしいですかね。ただし、コメント欄やメールで正式申請があった場合はこの場でお知らせしていくことにしましょう。例えばお一人の申請があったとしたらその人が002ですね。そしたらそれまで自己加入だった人は003となるわけですね。なんか余計にややっこしくなりましたかね。

いずれにしてもなんですね。人前で怒られてる子ども(十歩譲って、叱られてる子ども)をよく見かけますね。人前で怒られるって辛いですよね。そう思います。そういう場面を見るととても(大人として)残念だし(子どもが)可哀想だと思うんですね。そんなのを少しでも減らしていけたらと思っているんです。

今回はちょっと戯れがすぎましたね。反省しながらも、ここに若干1名ですが「ほめルンです同盟」の結成です。でもこれは決して使い捨てではありません。ぜひみんなで子どもをほめて伸ばしていきましょう。

2018年2月20日火曜日

ほめるんです

koro爺は、子どもを伸ばす第一の基本はほめることだと思っています。ほめて伸ばすんです。最近、子どもがほめられるのを見かける場面が少なくなっているように思えるんですね。そう思いませんか?ただ、この言葉、誤解を生む言葉でもありますね。
なんでもほめれば子どもは伸びるのか、って。

子どもは認められたいんですね。第一に親ごさんから。次に家族から。そして同世代の子どもから。この認められたいという欲求は段々と広がっていくんですね。家族以外の大人や、園や学校の仲間、友だち・・・・・。これって大人だって同じかもしれませんね。
認められると、またやってみよう、もっとやってみよう、もっと工夫してやってみよう、という意欲が育ってくるんですね。そう思います。

でも、問題はそのほめ方・認め方なんですね。子どもから見たら認められ方ってうのでしょうか。
「よくできたね」「すごいね」「えらいね」が通じるうちはいいのですが、その繰り返しだけでは、しだいに子どもは見抜いてしまいますよね。「あ、ただ言ってるだけだ」「ちっともほめていない」「見てくれていない」って。
そうなんですね、何がよくできたのか、どこがすごかったのか、何ができたからえらいのかが子どもに伝わらないんですね。ここのところがほめるときのポイントだと思います。
そのためには、いつも子どもの様子を見ていることが必要ですよね。いつもの子どもの言動を見ていてこそ、今の頑張りが分かるんですよね。端から見たら、どうしてそんなことでほめるんだろうって思えることでも、ずっと見てる人からしたら、それはほんとに「よくできたね」「すごいね」「えらいね」なんですよね。

koro爺は、ほめるときのポイント、それは、どんな些細なことであったとしても具体的な言動を見つけて言葉をかけてあげることだと思っています。その一言が、次のやる気につながっていくんだと思うのです。そうです、ほめるんです。

2018年2月18日日曜日

お菓子の空き箱

段ボール箱の家が好評だったので、第二弾はこれです。

お菓子の空き箱に切り込みを入れて〒マークを書き込みました。そうです、ポストなんですね。
(あれ?ポストの〒マークって赤でしたっけ?周りが赤で〒マークは白でしたよね。失礼しました。)
すぐに作れちゃいますね。

では、どんな遊びをするんでしょうか。

koro爺:郵便屋さんです。「ブーブー、ブンブンブン」と言いながらポストに入ったお手紙を集めてお家に配達する役です。
○○ちゃんとばあば:お手紙を書いてポストに入れる役です。ばあばは配達されたお手紙を読む役もやります。この役もけっこう大変ですね。○とか×とか△、ニョロニョロなどの文字を解読?して読んであげるわけですから。

これだけのことなんですけど、これまた大当たりで、もう延々と遊び続けました。郵便屋さんが一休みしてるとポストの中はお手紙でいっぱいになってしまいますよ。例の段ボールの家の屋根の部分がテーブルがわりになってちょうどいいお手紙書きスペースになるんですね。

こんな身近な材料っていいですよね。ちょっと工夫というか手を入れるだけでいろんな遊びができますからね。それに子どものアイデア、思いつき、工夫を付け加えることができますね。おもちゃ屋さんで買ってきた物だとなかなかそうはいきませんよね。もったいないですしね。こんなおもちゃでぜひ遊んでみてください。爺のポイント上がりますよ。


スノームーン

2月の満月はスノームーンとも呼ばれるそうですね。せっかくだから満月の予報時刻である2月17日午前1時57分を狙って撮影してみました。 西よりの風が強くなったなかでの撮影となりました。 まさにスノームーン。凍てつくように輝く、実にきれいな月でした。 昨日16日の月をアップし忘れ...