2018年2月9日金曜日

良いわけ

koro爺は学校関係者だったのに、学校に厳しいのではないですか?といご意見をいただきました。
うーん、そういえば学校にかかわる事件についての記事が多いですね。
今日はそこのところを少し書いてみますね。
結論から言えば、子どもの味方でもあり学校(先生)の味方でもあるのです。そう思っています。

学校は社会の縮図でもあり、また社会に出て行くための準備の場でもありますね。そのために学校教育法にのっとった教育活動を行っているわけです。教えるのは先生たちですが、学ぶのは子ども、これから社会に出て活躍していくのも子どもなんです。そのために学校で生きる力や学力を身につけ、夢を育んでいるんですね。いわば子どもは社会からお預かりした大切な財産なんですね。ですから学校の主役は子どもであるはずなんです。このことは誰もが認めるところだと思います。その大切な子どもが一部の大人の無理な押しつけや明らかに理不尽な暴力などによって夢や意欲をそがれようとしていたとしたら、それは誰かが助けてあげなければならないですよね。応援してあげたいですよね。そう思います。だから爺は絶対的に子どもの味方なんです。
一方、学校では、その子どもたちがよりよく成長していってくれるようにと、校長先生を先頭にして先生たちが日々一生懸命頑張ってくれているんですね。ところが、たまにというか時々というか、残念な事件が起きてしまう、起こりそうになっているのもまた事実ですね。きっとみんな一生懸命頑張ってくれているだろうに、その「たまに」や「時々」のためにですね、それまでのがんばりの積み重ねがすべて崩れてしまうんですね。ほんのちょっとしたことが原因ですべてを失ってしまうんですね。すべてを失うっていうのは、それまで(事件が起きるまで)子どもが積み上げてきたものであり、先生が積み上げてきたものでもあるわけなんですね。だからそのほんのちょっとしたことに気づいてもらいたいんですね。早く気づいて、その「たまに」や「ときどき」をなくしてもらいたいんです。みんなに気づかせてほしいんですね。そしたらみんないい先生になれますよね。だって子どもたちのために本当に一生懸命頑張ってくれているのですから。本来ならば、これ教育委員会の仕事であり校長先生の仕事だと思うんですね。でもこれまた多忙な日々が続いていて、子ども目線の気持ちや親目線の思い、一般の人の見方になかなか気づきずらいっていうのでしょうかね、忘れがちになってしまう、そんなときがあると思うんですね。だからこんな爺のような見方もまた、少しはお役に立てるのではないかと、そんなことも思いながら書いているんですね。

老婆心、いや老爺心ってところでしょうか。だから、子どもの味方であり学校(先生)の味方であると思っているのです。これ、いいわけでしょうか、それとも良いわけでしょうか。これからも、学校の事件についてはこんなスタンスで書いていきたいと、そう思っています。

2018年2月7日水曜日

読み聞かせ(続き)

昨日書いた読み聞かせ、少し長かったですね。言いたかったのはこんなところなんです。

園や学校では、地域のボランティアさんなどの力を借りて、読み聞かせが盛んに行われています。本当にありがたいことですね。
でも、この読み聞かせが一つの現象面のことがらだけで終わってしまっているのではないかということなんです。だとしたらすごくもったいないことですよね。
園や学校で行われる読み聞かせの本質は、この活動を学校全体の読書活動の推進にどう結びつけていくかというところにあると思うのです。やっている(やってもらっている)だけでは実にもったいないですね、ボランティアさんの時間も学校としての時間ももったいないですものね。
園や学校の子どもの読書活動について、たとえば読書量が極端に少ない子への働きかけはどうなっているか、読み聞かせの時の子どもの表情を図書室に向かわせるための仕掛けはあるか、個々の読書量の推移はどうなっているか、司書教諭の具体的な活動はあるか、文科省の現状分析からの改善はあるか、などの視点から今一度チェックしてみることも大切なことだと思います。特に、読み聞かせの時の表情を図書室に向かわせるための仕掛けがあったら、読み聞かせ活動の意義がさらに重要になってくるに違いないですね。

そうそう、園や学校と書いていますが、園の場合は、園での読み聞かせをどうやって家庭での読み聞かせにつなげていくかというところが学校とは少し違うところだと思います。もしも園から、園での読み聞かせ活動の紹介に加えて家庭での読み聞かせもいかがでしょうか、などとアナウンスされていたとしたら、その園て素晴らしいところだと思いますね。

そしてもう一つ。園と小学校、あるいは中学校も一緒になって、地域をあげてとでもいいましょうか、読み聞かせという視点から読書活動の推進ができたらいかがでしょう。これもまた夢のある子ども育てだと思います。

2018年2月6日火曜日

読み聞かせ

園や小学校でも、この「読み聞かせ」を行っているところが多いと思います。koro爺が勤めていた小学校でもボランティアさんのグループが行ってくれていました。この読み聞かせの時間に廊下を歩きながら見ていると、子どもが一生懸命聞いている姿が見えるんですね。ほとんどの子どもはこの読み聞かせが好きなんですね。
で、どうして読み聞かせをやっている(やってもらっている)のでしょうか。読み聞かせの効果はどんなところにあるのでしょうか。
1 聞く力を養うことができる。
2 集中力を養うことができる。
3 心を落ち着けることができる。
4 言葉から想像する力を養うことができる。
5 文章の理解力を養うことができる。
6 本に対する興味を育てることができる。
7 地域の人(他の人)との交流を図ることができる。
確かな検証を行ったわけではないですが、1,2,3,7あたりは、爺の観察からの主観ではありますが、着実な効果があると言えますね。「着実な」というのは、1,2回ではなく数年間の積み重ねがある中でという意味です。4,5については何とも言えないですね。どこかの附属小学校あたりでの検証を期待したいですね。
さて、6についてはどうでしょう。これについては、こんな結果があります。学校の司書さんからの聞き取りなのですが、「読み聞かせ」の後には、読んでもらった本や同じような本を探しに来たり、読んだり、借りていったりする子どもが増える、というものです。このことからも6の効果もあるようですね。でもその子たちは、全体からしたらほんの一握りなんですね。ふだんから本が好きな子、読書好きな子が多いらしいんです。すると、その一握り以外のほとんどの子どもには6の効果はあまり期待できないということでしょうか。いや、爺は、園や学校で行う読み聞かせの本質はここにあると思うのです。

文科省は、平成12年前後から、次のような方針を打ち出しました。(文科省ホームページから)
<子どもの読書活動の重要性>
○読書活動は、子どもが、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないものです。
 ○平成12年12月の教育改革国民会議報告においても「読み、書き、話すなど言葉の教育」を重視すべきことが提言されています。
<現状>
○テレビ、ビデオ、インターネット等の様々な情報メディアの発達・普及や子どもの生活環境の変化、さらには、幼児期からの読書習慣の未形成などにより、子どもの「読書離れ」が指摘されています。
 ○平成14年5月に行われた調査(社団法人全国学校図書館協議会による)によれば、児童生徒の1ヶ月の平均読書冊数は、小学生が7.5冊、中学生が2.5冊、高校生が1.5冊、また、1冊も読まなかった子どもたちの割合は小学生9%、中学生33%、高校生56%となっており、中学校以降極端に読書量が減少しています。
 また、平成12年に行われた経済協力開発機構(OECD)生徒の学習到達度調査によれば、「趣味としての読書をしない」と答えた生徒は、OECD平均では31.7%ですが、日本では55%となっており、「どうしても読まなければならないときしか、本は読まない」と答えた生徒は、OECD平均では12.6%であるが、日本では22%となっています。

これを受けて、様々な政策が進められてきたのですね。
たとえば、図書室の蔵書量を増やす、司書の養成、司書教諭の配置、社会教育との連携などです。
長くなってしまいましたが、結論として、園や学校では、読み聞かせをとおして子どもの本に対する興味を育てること、読書をとおして言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていくことが求められているんですね。具体的なところでは読書量を増やすこともですね。ここのところを見失いがちになっている園や学校もあるかもしれません。このあたりをせっかくの司書教諭が中心となって子どもの読書活動を推進していくことが今改めて求められているのだと思います。

最後に大切なことを一つ。
園や学校とは関係ない、家庭での読み聞かせっていいですね。子どもの情操を豊かにしたり、話を聞く力を育てたり、そして何よりも親子のコミュニケーションが豊かになりますからね。毎日できなかったとしても、たまにでも、思い出したときにでも、ぜひ読み聞かせてあげてください。
こう言うkoro爺も2才の孫にたまにやるのですが、最近ではこんな絵本が好評でした。
「でんしゃにのって(うららちゃんののりものえほん)」(とよたかずひこ著)
それで調子に乗って、本屋さんを巡ってうららちゃんシリーズを探したのですが、意外と置いてないんですね。アマゾン、おそるべしです。参考にリンクを貼っておきますね。

  

2018年2月5日月曜日

子どもに振り回される

そんな気持ちになったことってあるのではないでしょうか。
子どもが言うことを聞かない、子どもの思うとおりにしないと怒り出す・プッとする、じっとしていない、動きが速くておいつけない・・・・。こんなことってありますよね。
そんなとき大人はどうしたらよいのでしょうか。
koro爺はこう考えています。
大切なことの一つ目は、「決してあきらめないこと」です。もうダメだ、私にはこれ以上できない、と思い込んで、子ども育てを放り出してしまってはいけないですね。(まあ、たまにはそんな時がたまにあってもありだとは思いますけど、ずっとそんな状況が続いてはいけないですね。)では、あきらめないでどうするか。そうですね、あきらめないで子どもに相づちを打ったり、しかったり(怒ったり、ではありません)、あるいは一緒になって振り回されてみたりするのです。
そう、一緒になって振り回されてみるのって、意外と効果があるものですね。なぜならば、一緒になって振り回されるって、子どもの気持ちと一緒になれてるってことだと思うのですね。一緒になって振り回されながら、今日は何か楽しいことがあったのかな・つまらないことがあったのかな・欲求不満なことがあるのかな・今何をしたいのかな、などと思うことができたら、きっと振り回していることの原因に近づけるかもしれないですからね。そんなことを思えるときって、きっと子どもの立場になって考えられてるときなんだと思うのです。振り回している子どもの立場になって、子どもの環境(学校や家庭など)を考えてあげるのですね。これが大切なことの二つ目なのです。もちろん、そんなときって、大人自身にも余裕ができているときなんですけれど。そう、大人も忙しくていっぱいいっぱいの時って、子どもに振り回されるって思うことが多いように思うのですね。この、余裕を持つことが三つ目の大切なことなんだと思うのです。大人って、知らないうちにいっぱいいっぱいになっているときってよくあるものですからね。ときにはこうして子どもと一緒に振り回されてみるのも、余裕を取り戻す方法の一つかもしれないですね。

2018年2月2日金曜日

スマホの画面

スマホやタブレットを見ていると静かにしている子どもさんはいませんか?
そんなときのお子さんを見てみてください。きっと瞬き(まばたき)しないで集中していると思います。この姿を見て、「うちの子はこんなに小さいのにスマホを操作できるんです」とか「こんな小さいのに集中できるんです」とか話している親ごさんもいるとかいないとか。
瞬きをしないで画面を見ているときの目ってどういう状態なんでしょう。カメラで言ったら、シャッターを開いたままにして光をフィルム、いや撮像素子ですね、そこに当て続けているってことでしょうか。では人間では?網膜ですかね、そこに光が、しかも見えないくらいの速さの点滅した光(LEDってそうでしたよね)かもしれませんね、目に有害だと言われるブルーライトもですね、そんな光が網膜に当たっているんですね。当たり続けているんですね。視力に影響が出ますよね、きっと。
そしてその網膜は脳につながっている・・・・・。これってどうでしょう。怖いことだと思いませんか?未成熟というか、無限の可能性を持ったこどもの脳にこんなことをされていたとしたら、いい影響があるはずはないと思うのですね。ちなみに大人の脳の発達はピークを過ぎているでしょうしね。あるいは目が疲れたのを認識できたり、目に悪いことを自覚できたりできますから、さすがに途中で休みますよね。でも小さい子どもにはそれができないんですね。ずっと見続けてしまうんですね。さすがに見疲れて眠ってしまうこともあるでしょうが。網膜に当て続けながら眠ってしまうんでしょうね。
そう、電磁波っていう言葉も聞きますね。この電磁波、小さい子ほど脳に影響しやすいとう研究もあるそうですよ。スマホが急激に普及してきて、この電磁波が人の脳や人の成長にどんな影響があるのか。それは今のところ誰にも分からないんですね。それは今の子どもたちが数年後、数十年後になって明らかになってくることかもしれないですね。今の子どもたちを使って臨床実験中?これってほんとに恐ろしいことだと思いませんか?

もしも、もしもですよ。こんな環境に置かれている子どもがいたとしたら、すぐにでも改善してあげてほしいですね。みんなでぜひ話し合ってほしいですよね。注意しあってほしいですよね。koro爺はそう思っています。
怖いのは、こういう状況にいるお子さんの親ごさんは、子どもが静かにしているので洗濯やらお掃除やら別のことをやっていることが多いんですね。親ごさんの目が届いていないから子どもはこういう状況を続けているんですね。ずっと続けているんですね。そしてこれからも続けていくんでしょうね。見ていたとしたら、いいタイミングでほかのことに関心を向けさせるとかして、スマホからお子さんを遠ざけるはずだと思うからです。だって大切なお子さんの将来がおびやかされているんですから。

ぜひみんなで、スマホやタブレットの画面に集中している子どもたちを救ってあげましょう。スマホが悪いんじゃありません。こういう事実を知らない大人が多いということなんです。早く事実を知って子どもの環境を改善していきましょうということなんです。みんなで考えていきましょう。みんなで話し合っていきましょう。みんなで行動していきましょう。すぐにです。そう思います。




2018年2月1日木曜日

スーパー・ブルー・ブラッドムーン

天気予報では、ほとんどのところで曇りが予想されていた昨夜の天気でしたが、予報が見事に外れて皆既月食を見ることができました。途中、雲がかかったりしたのですが、まずまずの皆既月食日和だったと思います。
皆さん、いかがでしたか?大人はもちろんなのですが、お子さんにどんなふうに仕掛けたのでしょう。こういう滅多にない体験を積ませていくことは、子どもの学ぶ意欲、いえ、学ぼうとする意欲ですね、を育んでいくために有効であると思っています。

koro爺もがんばって観察しましたよ。

2018年1月31日21時56分
口径210mm、焦点距離1200mmの反射望遠鏡に、リコーGXRを接続して撮影しました。

皆既月食中の月の色について、よく赤銅色と言われます。でも説明の中で急に赤銅色って言われてもですよ、子どもはイメージできるでしょうかね。大人だってそうですよね。やはり実際に見て体験したことがある子には、その言葉のイメージが伝わってくるんですよね。「赤っぽい?」違うんだよなあ。「赤黒い?」うーん、どうだろう。「赤銅色?」そんな色見たことないけど、皆既中の月の色なら何となく分かるよ、イメージできるよ。きっとこの子には学ぼうとする意欲がわき出てきますね。調べてみよう、もっと勉強してみようかなと、そんな気持ちになるかもしれませんね。

一つの事柄(事象)を手がかりにして、子どもにどう仕掛けていくか。これがkoro爺流の学ぶ意欲(学ぼうとする意欲)を育て方なんです。今回は皆既月食、しかもスーパー・ブルー・ブラッド(ロゼ)ムーンという特別な事象でしたが、事象は周りにごろごろしていますね。またそれを見つけるのも子どもを育てる大人の仕事でもありますね。爺はそう思っています。



2018年1月31日水曜日

小学校3年生が先生に骨折させられる

小学校3年生が担任の先生に、宿題を忘れたとの理由で、鎖骨を折られたとのことです。(テレビのニュースから)
改めてインターネットで調べてみると、次のように書かれていました。

教諭は昨年12月19日、男児が算数の宿題を忘れたため、午前中の休み時間にやるよう指導。しかし、男児がその後も宿題をしているように見えなかったことから、胸ぐらをつかんで廊下の壁に押しつけるなどしたという。
 男児は午前の授業中に痛みを訴えて保健室で処置を受け、同日午後、帰宅後に保護者と一緒に医療機関へ行き、鎖骨骨折と診断された。
市教委の聞き取り調査に対し、教諭は壁に押しつけたことを認めたうえで、「しっかり指導したいという思いだったが、感情的になってしまった。深く反省している」と話したという。男児は現在も痛みを訴えて登校しておらず、教諭も心労による体調不良を理由に、今月12日から欠勤しているという。(YOMIURI ONLINEより)

また残念な事件が起こってしまいましたね。繰り返されてしまいましたね。
「指導しようとしたが、感情的になってしまった」とのことですが、これは明らかに指導を越えた傷害事件というしかありませんね。
しかも、被害にあったお子さんは今も登校していなくて、加害者である教師は今月12日から欠勤ですか。きっとこの間に、加害者(校長も含めて)と被害者のご家族との間で話し合いがもたれたんでしょうね。でもまとまらなかったんでしょう。でもどんなに加害者側が謝罪をしたとしてもですよ、被害者であるお子さんの心はそう簡単に元に戻るものではありませんよね。そこのところをどれくらい分かってあげた上での謝罪ができていたかも問われるところだと思いますね。
子どもの胸ぐらをつかんで廊下の壁に押しつけるなどしたそうですが、この文だけではその場の状況が伝わりきれていないですね。「など」とありますが、たとえば、この行為の最中にどんな言葉が発せられたのでしょう。どんな表情や態度だったのでしょう。完全に力の上下関係、体格の上下関係、立場の上下関係の上に立った、9才の子どもにとったらそれは恐ろしい状況であったに違いありません。

まずは被害に遭ってしまったお子さんが一日も早く学校に来られるようになれるといいですね。ニュースでは、「まだ痛みを訴えて登校していない」とありますが、体の痛みはもちろんですが、心の痛みも大きいと思いますね。これは学校(校長)としての責任でぜひフォローしてあげてほしいと思います。
次に、学校を預かっている全国の校長先生にお願いしたいですね。自分の学校でこのようなことが起こっていないか、このようなことに発展しかねない状況(高圧的な指導、激しい言葉遣い、カッとなりやすい など)はないか、職員はいないかについて、ぜひとも点検とご指導をお願いしたいと強く思うのです。

このような事件が起こると、「子どもにも問題があるんだよな、子どもの態度によっぽど腹が立ったんだろうな、その担任の気持ちも分かるよな」などという声が聞こえてきそうですね。(もしもこういう声を発する職員が一人でもいる学校があったとしたら、それは危ない状況といえるでしょうね)でもそれは絶対に被害者やそのご家族には通じないですね。だって精一杯の愛情を注いで育ててきた子どもが、その子どもの失敗に対して、安心して預けている先生(大人)によって、しかもその先生が感情的になって、怪我をさせられてしまったのですから。もう時間をかけて何度でも何度でも謝罪をするしかないですね。そして精一杯、そのお子さんのフォローをし続けていくことを分かっていただくことが大切だと思うのです。

体罰の根絶、いや、教師による暴力行為(言葉の暴力も含めてですね)の根絶を、全国の学校で進めてほしいですね。


スノームーン

2月の満月はスノームーンとも呼ばれるそうですね。せっかくだから満月の予報時刻である2月17日午前1時57分を狙って撮影してみました。 西よりの風が強くなったなかでの撮影となりました。 まさにスノームーン。凍てつくように輝く、実にきれいな月でした。 昨日16日の月をアップし忘れ...